中小企業にお金を“バラ”まけば、労働者の賃金が上がらないワケスピン経済の歩き方(5/7 ページ)

» 2023年08月22日 10時40分 公開
[窪田順生ITmedia]

現状維持の小さな会社

 じゃあ、なんでこういう小規模事業者の賃金が低いのか。よくいうのは大企業から搾取されているという話だが、低賃金の温床となっている宿泊業や飲食業、卸売・小売業といったサービス業などは大多数が大企業の下請け関係などではない。シンプルにもうかっていない。市場を読み違えているとか、時代にマッチしていないビジネスモデルを続けているとかが原因だ。

 そういうカツカツの小規模事業者が日本中にあふれている。そして、国から補助金をもらったり、ゼロゼロ融資を受けたりしながら、どうにか倒産を回避して社員数名の給料を払っている。会社を存続させるのがやっとなので、事業も拡大していないし、従業員も増えていない。

 そういう「現状維持の小さな会社」が日本にはゴマンとある。2019年版『小規模企業白書』の「存続企業の規模間移動の状況(2012年〜2016年)」によれば、小規模事業者のなんと95%(281.3万社)が4年間、事業拡大も規模変化もしていない。バラマキでどうにか生きているので、バラマキを打ち切られると倒産する。

 筆者の知り合いの家族経営の小さな会社も、コロナ助成金を打ち切られたことを機に30年の歴史に幕を下ろして、そこで長く働いた5人ほどの社員の再就職先を探している。

平均給与の推移(出典:厚生労働省)

 さて、このような話を聞くと皆さんはどう感じるか。「30年も社員に給料を払い続けて立派だ。こういう零細企業が日本を支えているのだ」と胸に熱いものが込み上げる人も多いだろう。ただ、それはあくまで「中小企業経営者とその家族」の視点にたった世界観だ。

 30年間、国の補助金やら特例融資を受けて、なんとか存続だけしていたような中小零細企業ならば当然、この5人の社員は高い賃金をもらえない。実際、この会社でも若手は最低賃金スレスレで、一番の古株も年収300万円ほどだ。

 つまり、労働者の視点からすれば「成長するわけでもなく、事業拡大するわけでもなく、経営者一家が“家業”を30年間続けるためだけのために、従業員に低賃金を強いてきた」という風にも見えるのだ。

 「ぜいたく言うな! 雇ってやっているだけでありがたく思え」と経営者視点では考えるだろうが、日本はずっと深刻な「人手不足」が続いている。国の補助金やら特例融資を受けなくては「延命」できないようなら、創業10年目あたりで潔く廃業を選択してやったほうが、社員5人はまだ若さもあるので、ぜいたくを言わなければ再就職先はいくらでもある。

 成長する中小企業に就職をすれば、零細企業よりも高収入を得られる可能性がある。「成長しない零細企業」で同じ仕事を30年続けるよりも、新たな職場で新たなスキルを身につけたほうが、労働者自身のキャリアアップにつながるのだ。

 つまり、本来潰れるはずの中小企業を国策で強引に「延命」させると、このように労働者のキャリアアップの機会を奪い、低賃金労働に縛りつけてしまうという「悲劇」が起きるのだ。 

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