このケースが単なる「見せ方の問題だけではない」と思うのは、特定人物の識別を異なる場所でも追跡しつつ、さらには通年での履歴まで収集していることだ。
使われているIDEAというカメラがどの程度、個人の識別を行えているのか? という識別精度に疑問は残るが、彼らの説明が示しているのは「名も知らぬ誰か」に識別トークンを発行してタグを付けている事実だ。なお、このシステムは予定通りならば7月から稼働している。
「識別子『XYZ(男性40代前半)』が週末に識別子『ABC(女性30代前半)』を伴って渋谷を訪れるのは今年x回目。いつも通りのコースで買い物と食事ののち、子どもを迎えるための商品を探しているようだ」
「識別子『XYZ』は平日夜にも頻繁に渋谷を出入りしているが、いつも人流が少ないX町方面の小さな料理店に出入りしている。多くの場合、異なる識別子の20代女性を伴っているが、時折、同年代の男性を伴うことがある。その頻度は……」
このような分析はしていないというだろう。実際「していない」と筆者は信じている。
問題だと感じるのは、こうした極めてプライベートな情報を、広いエリア、異なる商業施設にわたって追跡し、日付をまたぐ長期間にわたって追跡可能な“設計にしている”ことだ。
つまり、一度割り当てられた識別子は捨てられず、再度、渋谷を訪れた場合にマッチングされ、前回の行動履歴と照合していることになる。一体、どのぐらいの長期間、彼らのトークンは更新されないのだろうか。
日付をまたがって渋谷を訪れた人たちの識別トークンを保持するなら、それはもはや「個人を特定している」ことと変わりはない。もちろん、名前は分からない(音声データもあれば判別できそうだが)。
しかし、名前は現実社会における個人識別を助ける、一種の識別子でしかない。このシステムの側から見れば、個人識別のために割り当てられたトークンは、実名よりもはるかに生々しい情報をもたらす可能性がある。「いや、そんな可能性はない」ということならば、個人を識別するトークンの扱いについて考えを明確にすべきだ。
繰り返しになるが、事例として具体的に挙げたストーリーは「そういう使い方をしましょう」という提案であり、システムを開発する目的だ。
表現や使い方の説明ならば誤解も成立するが、目的、目標、実現できるアプリケーションといったものは、自分たち自身で作り上げたものに他ならない。
「本田雅一さん。今日は新しいご友人と食事ですね。お相手の身につけているものからすると、お仕事の関係でしょうか。大丈夫、お相手の好みは把握しています。今回のお店はバッチリの選択ですが、○○はお嫌いな方なので気を付けてくださいね。食事の後、さらにお話を伺いたいようならば、ワインがお好きなようなので、お近くのワインバーをご提案させていただきます」
そんな、少しばかりやりすぎな親切なアシスタントならまだいい。しかし「一人一人に合わせた理想の渋谷」を実現するために、一人一人を識別できるトークンを長期間引き継ぎながら追跡する設計で良いのだろうか。
彼らは街の最適化ではなく、個人ごとに最適化すると目標を掲げている。すでにデータ取得は始まっているが、個人最適化をオプトアウトする方法は公開されていない。
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