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ハラスメントを恐れるあまり……中高年が自ら「働かないおじさん」になる現象河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(3/3 ページ)

» 2023年09月22日 07時00分 公開
[河合薫ITmedia]
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若手とベテランの化学反応の起こし方

 ある大企業に勤める50代後半の男性は、こんな話をしてくれました。

 「これは負け惜しみじゃなくて、役職定年になってからがいちばん楽しかったです。半年くらいは腐ってましたけど、ある時、自分から若い人にいろいろと教えてもらおうと思ってね。コンピューターのこととか、ITとかね。それでやっぱり教えてもらうんだから、敬語で話しかけてみた。相手も最初はびっくりしていたけど、いろいろと教えてくれた。それでお礼にっちゃいっちゃなんだけど、自分が培ってきたスキルとかを『こんなやり方もありますよ』くらいの感じで言ったわけ。そしたらさ、すごく喜んでくれて。そっか、技術移転をどんどんやっていけばいいのか、って気付いた。

 若手とベテランがタッグを組んで、双方の強みを生かせば、いい化学反応がおこる。管理職だった時は、自分から話しかけるより部下から話しかけられる方が圧倒的に多かったけど、今は自分から何の抵抗なく話しかけてますよ。自分がいることで、仕事がまわるって本当におもしろい!」

若手とベテランの化学反応の起こし方(画像はイメージ、提供:ゲッティイメージズ)

 男性のした技術移転は、心理学者のエリク・H・エリクソンが示した「ジェネラティビティー(generativity)」そのものでした。

 エリクソンは、人生を8段階に分けて、それぞれの時期になすべき課題(発達課題)を示し、それを克服することで、人間的に成長し、社会における自己の存在と居場所を獲得できると説きました。8段階=老年期の前の、7段階=壮年期(成人後期)の課題が「ジェネラティビティー」。「次世代の価値を生み出す行為に積極的に関わっていくこと」と定義されます。

 ジェネラティビティーという言葉は、生殖とか子孫を産み出すことを意味する生命科学に由来するもので、次世代の価値とは、次の世代へ連なって生み出される新しい価値のすべてで、社会的な業績や知的、芸術的な創造も含まれています。さらに、エリクソンは「発達課題を達成した人だけが獲得できる“美徳(virtue)”がある」とし、壮年期の美徳は“世話(care)”です。

 後輩のため、他者のため、地域のために、次の世代をより良いものにすべく、積極的に関われば「世話をすること」に喜び=美徳を見いだすことができます。

「辞める若者問題」の救世主にも

 言い換えれば、ハラスメントへの気遣いは、ジェネラティビティーで解決することが可能なのです。

 一方、壮年期に「俺が、俺が!」と黄金期にしがみついたり「どうせ働かないおじさんだし」と自分の殻にこもったりすると、人格の停滞が起きる。自己耽溺する傾向が強まり、不完全な状態で老年期を迎えることになります。

 「困ったときには、○○さんのところに行こう」と若手社員が慕う、清濁併せ飲む技量を持った人になれれば、「今日もいい1日だった」と少しだけイキイキと働けるようになります。たとえ、会社が「年齢」で差別しても、周りにいる人たちから差別されることはありません。

 自分を慕う部下を持つ人のキャリア、人生は、実に豊かです。世話を美徳とする中高年こそが、辞める若者問題の救世主になるかもしれません。

河合薫氏のプロフィール:

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 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。

 研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)がある。


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