“1兆円超え”目前のふるさと納税 10月の「改悪」が、自治体にも国民にもデメリットである理由古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」(2/2 ページ)

» 2023年09月22日 12時25分 公開
[古田拓也ITmedia]
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公務員に「市場原理」が備わると生活が豊かになる?

 ここで興味深いのは、マーケットプレイス型のふるさと納税サイトから、自治体独自の「D2C」へ移行をみせている点だろう。D2Cとは企業が消費者に直接、商品やサービスを提供することを意味し、中間業者を介さずにより良いサービスを提供しようとする取り組みだ。自治体がこの動きに取り組むことで、地域特有の資源や魅力を最大限に活用し、経費率を圧縮してより利益を出すことが可能になってきた。

 北海道紋別市や宮崎県都城市など、例年ふるさと納税で100億円以上を集める人気の自治体は、ふるさとチョイスなどのようないわゆる「ふるさと納税サイト」から自前のふるさと納税ECサイトに軸足を移しつつある。というのも、ふるさと納税サイトにおける「販売手数料」が地方自治体にとって負担となるからだ。

photo 紋別市のWebサイトより

 一般に、ふるさと納税サイトの手数料相場は10%程度。人気のない自治体では、このような比較型サイトを使ってランキング上位に食い込むといった活用も可能だが、すでに指名で100億円以上を集める自治体にとってはボリュームディスカウントがあったとしても数億円単位の出費になることは間違いない。「経費の厳格化」が進めば、このようなプラットフォームをゆくゆくは卒業して、自前のECサイトでファンを囲い込むという戦略に乗り出す選択は合理的だろう。

 これはちょうど、Amazonや楽天のようなマーケットプレイスから自らのWebサイトやプラットフォームに軸足を移していくとされるD2Cと同じ流れを辿っている点で興味深い。市場原理が自治体間の競争に投入されると、民間企業でも見られるビジネストレンドが観察できるようになるのだ。

 このD2Cの進化で培われた地方自治体や公務員のビジネス感覚は、何もふるさと納税だけではなく、インバウンド需要の取り込みや自治体の財政運営にも良い影響をもたらす可能性が高い。ふるさと納税は単なる税金寄付の仕組みを超えて、自治体が新しいビジネスモデルやマーケティングの技術を磨く機会となってきた。そして、これからの動向が、地方創生の新たな可能性を開くかもしれない。

 ふるさと納税において、自治体はその特色や魅力を全国にアピールする必要がある。これは、自治体のPR戦略やブランディングの重要性を高め、公務員自身がマーケティングの基本を学ぶ絶好のチャンスとなっている。どのプロジェクトに資金を振り向けるか、どのようなお礼の品を提供するかなど、戦略的な判断が求められる。

過度な改悪は厳禁?

 以上のことを踏まえると、ふるさと納税が廃止されたり、制度設計が各自治体の特色を出しにくくなるレベルで還元率が「改悪」されるようなことがあれば、自治体はもはや独自の戦略を考え、行動する動機が薄れる危険性がある。これはすなわち、地方自治体の運営そのものについてビジネス的な視点で意思決定や戦略的思考を行う大きな機会の一つが失われる。また、ふるさと納税をきっかけとした、観光や名産品創出といった独自のブランドを築くチャンスも減少するだろう。その結果、自治体の魅力を発信する手段や方法が限られるようになり、ひいては日本という国家全体の税収や観光需要の引き込みにすら影響を及ぼすリスクすらあるだろう。

 ふるさと納税は、地方の産業を応援するというだけでなく、自治体を運営する公務員に対しても、ビジネス視点に則った自治体運営を応援することにつながり得る。それがひいては国全体のブランドを高め、自身の生活にもめぐってくるという効果も期待できる制度なのだ。

筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Twitterはこちら


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