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最低賃金アップでも、世帯収入増が期待できないワケ 制度の「ねじれ」を読む10月から最低賃金が変わる(3/3 ページ)

» 2023年09月27日 08時00分 公開
[佐藤敦規ITmedia]
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最低賃金の上昇は、必ずしも世帯全体の賃金上昇につながらない

 では、最低賃金のアップにより若手世帯の収入アップに結びつくのでしょうか? 個人的には、あまり期待できないのではないかと考えています。

 厚生労働省の調べ(令和3年パートタイム・有期雇用労働者総合実態調査の概況)によると「パートタイム・有期雇用労働者を雇用している」企業は75.4%です。つまり、大半の企業がパートや契約社員・派遣社員などの有期契約の社員を活用しています。有期契約の社員の賃金がアップすることにより、その分の人件費が高騰します。余裕のある大企業であれば、賃上げの影響は微々たるものかもしれませんが、利益率が低い中小企業では正社員の賃上げをする余裕がない会社もあるかと思われます。

 20年に施行された同一労働同一賃金に対応するため、有期契約の社員に対しても状況に応じて正社員と同様に賞与や手当、交通費を払う企業も増えてきました。すでに人件費の負担が重くなっている状況に最低賃金アップが加わります。

 また中小企業の場合、昨今では賃金を抑制するためというよりかは、求人をかけても人が集まらないため、やむを得ず派遣社員に頼っているケースもあります。派遣社員の最低賃金は、最低賃金法以外にも派遣法で定められた基準(派遣先均等均衡方式または労使協定方式)が適用されており、職種によって詳細な額は異なりますが、年々時給は上昇傾向にあります。

 派遣会社に依頼する場合、派遣料金として派遣社員の時給に加え派遣会社の取り分(マージン)も支払わなければなりません。中小企業の場合、正社員の賃金よりも割高になることも珍しくはありません。企業がコスト削減のため派遣社員を活用していると主張する人もいますが、最近ではむしろ人手が足りないので、コストが高くなっても派遣会社に頼らなくてはいけない実情があるのです。

扶養内で働くのを希望する人は労働時間を減らす

 もう一つの理由は、短時間勤務で働いている人の時給がアップすることにより、配偶者の扶養から外れるのを嫌い、働く時間数を減らす可能性があるからです。昨今では、共働き世帯の構成として夫婦ともに正社員が44.8%と増えているものの、「夫が正社員・妻が正社員以外」の世帯も30.7%と依然として大きな割合を占めています。

 税制上の扶養の優遇制度はいくつかありますが、もっとも気にする人が多いのは、年収130万円以下の人に適用される配偶者扶養と思われます。配偶者が会社員や公務員などでこの制度に当てはまる人は、第3号被保険者になって社会保険料の支払いを免除されます。扶養から外れると、給与から厚生年金と健康保険の社会保険料が給与から引かれます。年収が130万円を超えれば、税込みの金額が増えても手取りの額が減ってしまう。ですので、あえて労働時間を減らしても130万円以下にとどめておこうと考える人もいるでしょう。

 以上のことから夫が中小企業で働きその妻が非正規社員で働いているような世帯では、最低賃金の額が上昇しても、世帯年収にポジティブな影響は見られないかもしれません。政府が狙っている「子育て世帯の年収アップ」にもつながらない恐れがあります。

 もっともこうした状況を政府は織り込み済みなのか、年収が130万円を超えても2年連続であれば配偶者の扶養の範囲内にとどまる施策を9月末に公表しました(読売新聞 23年9月24日)。

 ただし厚生年金の被保険者になれば、将来の年金額を増やせる、傷病手当金を貰えるなどのメリットもあります。労働組合の全国組織「連合」の会長の芳野友子氏は、「第3号被保険者制度」の廃止検討を打ち出していると、毎日新聞が報じています。今までも批判の声が強かった本制度について廃止すべきとの議論も本格化する可能性もありますので、その動向については注視すべきです。

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