政府が「雇用の流動化」つまり転職の推進に熱心だ。
閣議決定された政府の骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針2023)に「成長分野への労働移動の円滑化」が盛り込まれたが、その元となるのが政府の「新しい資本主義実現会議」(議長=岸田文雄首相)が打ち出した「三位一体の労働市場改革の指針」(以下、指針)だ。
三位一体の労働市場改革の狙いは、リスキリングによる能力向上支援、個々の企業の実態に応じた職務給の導入、成長分野への労働移動の円滑化を通じて、構造的に賃金が上昇する仕組みを作っていくことにある。
三位一体のリスキリング支援策や職務給の導入策については、この連載で触れてきた。「労働移動の円滑化」の目的について指針ではこう述べている。
「わが国の雇用慣行の実態が変わりつつある中で、働く個人にとっての雇用の安定性を新たな形で保全しつつ、構造的賃上げを実現しようとするものである。働く個人の立場に立って、円滑な労働移動の確保等を通じ、多様なキャリアや処遇の選択肢の提供を確保する」
しかし、労働移動の円滑化策によって本当に政府の狙い通りに賃上げが実現できるのか。指針では具体的な労働移動支援策としてさまざまなメニューを掲げているが、その一つが“退職金増税”として話題となった勤続20年超の人を優遇する退職所得課税の見直しだ。優遇措置があることが転職を阻害しているという理屈だが、これについては以前の記事ですでに触れている。その他に主な政策として以下を掲げている。
(1)自己都合退職による失業給付の待機期間を会社都合退職と同じ扱いにする。
(2)一定の要件を満たす「キャリアコンサルタント」が官民から提供された客観的情報をベースに、在職者や求職者に対して転職やキャリアアップの助言・コンサルを実施する。官民の情報はハローワークが保有する「求人・求職情報」、民間人材会社が保有する「求人情報」を職種・地域ごと、賃金動向、必要となるスキルを匿名化して集約。
(3)成長分野への円滑な労働移動を図るために副業・兼業を奨励する。
現在、自己都合退職し、失業給付金を受け取る場合、7日の待機期間に加えて2カ月の給付制限を設けている(5年間のうち2回まで。3回目の離職以降は3カ月)。
一方、解雇などの会社都合は7日間の待機期間後、翌日に支給される。そもそもこうした違いを設けているのは、雇用保険自体が解雇など不慮の事故(失業)に対する保険の性質を持ち、自己都合で離職する人は労働の意思がないと推定し、一定の給付制限期間の求職活動を見て給付しようという狙いがあること。もう一つは、給付制限を廃止すると、失業給付をもらいたいために短期の転職を繰り返すモラルハザードの発生を防止するためだ。
実はこの仕組みは日本だけではない。ドイツやイギリスでも自発的離職者の給付制限期間を設けており、フランスは原則として自発的離職者は給付対象外としている。もし会社都合離職と同じように7日間の待機期間で受給できるようになると制度を悪用する人も出てくるかもしれない。
この点を考慮し、指針では「失業給付の申請時点から遡って、例えば1年以内にリスキリングに取り組んでいた場合などについて会社都合の場合と同じ扱いとする」という条件をつけている。
リスキリングの要件など具体的な制度設計はこれから検討されるが、自己都合の給付制限を廃止することのリスクがなくなるわけではない。リスキリングの要件や中身を簡単にクリアできれば、失業給付の受給目的で転職を繰り返し、給付期間を目いっぱい享受しようとするモラルハザードが発生する可能性もある。また、給付制限期間の廃止によって離職する人は増えても、必ずしも転職者が増える保証もない。
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