しかし、時代は大きく変わった。2008年をピークにわが国の人口は減少に転じ、高齢者の割合も増加。労働力人口の割合は低下し、経済発展しにくい環境となってしまった。
例えば、1970年前後生まれの世代は各年度で約200万人前後生まれているが、直近の2022年では1年間に生まれた子どもの数は、外国人なども含めた速報値で79万9728人。1899年に統計を取り始めて以降、初めて80万人を下回り過去最少を更新しているのだ。しかも7年連続で出生数が減少しているという危機的状況に陥っている。
一方で総人口に占める高齢者人口の割合の推移をみると、4.9%であった1950年以降、一貫して上昇が続いていて、1985年に10%、2005年に20%を超え、2022年は29.1%となった。この割合は世界で最も、かつ突出して高い数値である。
日本経済自体と、それを取り巻く状況も大きく変化している。バブル経済絶頂期の1989年、世界経済に占める日本経済(名目GDP)のウエイトは15.3%であったが、2021年にはわずか5%にまで低下している。
1人当たりGDPランキングでみても、バブル絶頂期の日本の経済力は世界10位前後を維持していたが、その後は低下の一途を辿り、現在は20位台半ば。OECD(経済協力開発機構)加盟38カ国中でも下位に甘んじている状況だ。
産業を取り巻く環境も激変した。
製造業を例に挙げると、以前はより高品質な製品を効率的に生産する技術開発を競い合うことが命題であった。しかし2000年前後からの情報通信技術の普及を受け、製品の機能のみならず使い方に焦点が当たり、さまざまな製品・サービス、技術が開発されるようになる。
すなわち、製品自体の価値だけで勝負する時代から、製品とサービスを組み合わせて顧客の経験価値を高めることで差別化を図る時代に移行していったのだ。
今、製造業の競争軸は「製品の製造・販売」から「製品を介した顧客への価値提供」へと変化し、製品単体でなく、複数の製品・サービスの組み合わせで新たな価値を生み出す時代となっている。
わが国でもデジタル化は進展しつつあるものの、それらは往々にして「IT・システム業界の話」と捉えられがちだ。コスト削減・生産性向上のツールとしてのデジタル導入は進んだものの、デジタル技術を活用したビジネスそのものの変革や、新たな産業創出といった動きはまた世界の潮流と比して出遅れている感が否めない。
安定した内需に長らく支えられ、国内市場を見据えるだけで十分ビジネスとして成立した環境に甘んじていたがゆえ、日本では痛みを伴う大きな改革は避けられてきたといえる。さまざまなトラブルにも対症療法で対応していった結果、日本の経済はいわゆる「失われた20年」が「30年」へと延び、出口の見えない停滞状態にあるように感じられる。
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