「最大1300円お得」と話題 セブンの“コーヒーのサブスク”が、月2000円で成立する納得のワケ(2/2 ページ)

» 2023年12月07日 12時30分 公開
[高橋嘉尋ITmedia]
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プライシングは「購入対象者が誰か」を適切に把握することから

 このように、購入の対象が「誰」であるかによって、持っている支払い意欲は異なります。「誰」は、顧客のペルソナにあたります。居住地や年収、どういったシチュエーションでコーヒーを飲んでいるのか。どれくらいの頻度で、毎月コーヒーを飲んでいるかなどが、ペルソナを規定する要素になり得ます。

 このように、顧客の中にどんなペルソナがいて、どういった支払い意欲を持っているのかを調査から明らかにすることは適切なプライシングを実行するためには欠かせません。では、どのようにすれば顧客ごとの支払い意欲の差をあらかじめ把握できるのでしょうか。

 個人の支払い意欲に影響を与える要因は、現在の市場環境から顧客の個人的な好みまでさまざまあります。例えば、生まれ育った環境や生活する居住区などの違いもその一つです。全てを正確に把握することは不可能ですが、住所地のデータで顧客をセグメントすれば、調査によってエリアごとの傾向をつかめます。他にも、年収の高い顧客は支払い意欲が相対的に高くなる傾向があり、価格が高くても便利なものに対しては好意的に反応する可能性があります。

 また今回のようにビジネスパーソンかそうでないかなど、個々の状況も支払い意欲に直接的な影響を及ぼします。立場や生活スタイルなどの違いによってニーズが異なるためです。

 もちろん、経済状況に応じても顧客の支払い意欲は変化します。好景気の場合は増加傾向にありますが、一方で不況では減少します。季節性の高い商品・サービスの場合には、特定の時期に支払い意欲が高くなることも起こり得ます。これも毎月、毎年の傾向を追っていくことで、あらかじめ傾向を導き出すことは可能です。

 このように、支払い意欲は対象となる顧客によってさまざまに変化します。プライシングを検討する際には、まずはターゲットとなるペルソナを細かく定義して、年齢や年収、趣味嗜好などを整理することが重要です。

 ペルソナが決まったら、自社の商品・サービスに対して価値を感じているであろうポイントを、ペルソナごとに仮定します。

 セブンカフェサブスクの場合、毎日コーヒー片手に出社するビジネスパーソンにとっては、サブスクによってその都度お金を支払う必要がなくなり、手間や時間がかからなくなることは価値になりえるでしょう。一方で、ビジネスパーソン以外であれば、それはさほど大きなメリットにはならないかもしれません。このように、顧客ペルソナが商品やサービスのどこに価値を感じているのかを仮定することで、価値と支払い意欲の関係性を把握することができるようになります。

 顧客ペルソナごとに感じている価値を仮定できたら、調査によってターゲットごとの支払い意欲を特定します。PSM分析という調査手法を用いれば、対象者の購買可能な金額を点ではなくレンジで把握することができ、より実態に近い支払い意欲をつかめます。

 セブンカフェサブスクの場合は、あらかじめこうした調査によってビジネスパーソンの支払い意欲の仮説を立て(仮説立てる、という専門用語があるならOK)、それに沿う形で料金設計をしたのではないでしょうか。

 このように顧客に向き合い、自社の商品やサービスの価値に見合った適切な価格設定をすることで、価格の納得感を生むプライシングを実行できます。この手順を事前に踏むかどうかは、経営の視点からもとても大切です。

顧客数の拡大も見込んだプライシング戦略

 セブンのカフェサブスクに話を戻しましょう。先述の通り、ビジネスパーソンのセグメントにおいては、価格が2000円のときに全体の41.9%の人が検討から外れるという結果が分かりました。では、果たして売り上げが最大となる価格がいくらなのか、支払い意欲の調査結果からシミュレーションしました。

 その結果によれば、料金が2900円のときに売り上げが最大化することが分かりました。つまりあくまでこの試算に基づけば、サブスク料金ができるだけ2900円に近い方が売り上げが大きくなるというわけです。しかしこれではもちろん2000円のときと比べて「お得感」はグッと下がります。そのため、ビジネスパーソンの中でもごく一部のヘビーユーザー向けサービスという印象になり、顧客からの反響も今と異なるものになったと思われます。

 その一方で顧客数が最大となる価格についても調べてみたところ、1900円のときに顧客数が最大化することが分かりました。あくまで調査をベースにすると、今回の2000円という価格設定は顧客が増えやすい1900円に極めて近い価格設定であることが分かります。

 価格が2000円のときに「元を取る」には、顧客はコーヒーを19杯飲む計算になりますが、週休2日として平日には毎日コーヒーを飲むという人にとってはちょうどいい設計になっていることも分かります。できるだけ多くのビジネスパーソンの検討圏内に入ることで話題にもなりやすく、歓迎ムードを醸成することを狙ったという見方もできるでしょう。売り上げを最大化する価格からは少し差がありますが、毎日セブンイレブンに立ち寄ってもらう構図を作ることで、他の商品の購入率が上がるなど、副次的な効果も見込めます。

 このように、商品の価格を決める際には、ターゲットが受容しうる金額の範囲内であることはもちろん、その目的を売り上げの最大化に置くのか、顧客数の拡大に置くのかといったさまざまな要素を加味して判断することが大切です。セブンカフェサブスクが2000円に価格を決めた背景には、こうした総合的なプライシング戦略があったと考えられます。

著者プロフィール

高橋嘉尋(たかはしよしひろ)

プライシングスタジオ代表取締役社長。

これまでリクルートをはじめとする大手企業から、「money forward」など中小企業まで数十サービスの価格決定を支援。

また、公的機関、学会、雑誌などへのプライシングに関する論文提出や講演会、寄稿などを通じ、プライシングに対するノウハウを積極的に発信。

プライシング専門メディア【プライスハック】監修。

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