総額648億円 JR東の赤字路線、原因は「収入が少ない」だけじゃない宮武和多哉の「乗りもの」から読み解く(2/5 ページ)

» 2023年12月20日 07時30分 公開
[宮武和多哉ITmedia]

「49億円」の赤字 背景に2つの要因

 この区間は、特急7往復・普通列車8往復(平日の場合)の運転で、1日の乗車人員は1171人。直近の30年で利用客が5分の1以下に激減している。その原因としては「この区間が都市間移動のルートから外れた」ことにあるだろう。

鉄道 羽越本線の特急「いなほ」

 30年以上前、1987年のデータを見ると、この区間の輸送密度は5690人。新潟駅で新幹線と接続し、秋田駅や青森方面に向かう特急「いなほ」だけでなく、上野駅発の寝台特急「あけぼの」などが駆け抜けていた。この区間は山形県・庄内地方(鶴岡市・酒田市など)と首都圏を結ぶメインルートの一部だったのだ。

 しかし、91年に「庄内空港」が開業。羽田空港から空路で庄内入りする利用者は、いまや年間30万人にも及ぶ。また高速道路も、鉄道と並行する「日本海沿岸東北自動車道」(日沿道)や「山形自動車道」などが次々と部分開通し、「クルマで移動」という選択肢も出てきた。

 もともと村上駅〜鶴岡駅は県境をまたぐため生活移動・通学利用がほとんど見込めず、さらに、庄内地方〜首都圏の移動の選択肢に、飛行機とクルマが加わった。他の手段・ルートに移動需要を取られてしまったことが、羽越本線の乗客減少につながっている。

鉄道 (筆者作成)

 また、羽越本線は村上駅〜鶴岡駅だけでなく、新津駅〜新発田駅間で「9.4億円」(26位)、酒田駅〜羽後本荘駅間で「29.4億円」(3位)と、ほとんどの区間で巨額の赤字を計上。とりわけ、村上駅〜鶴岡駅、酒田駅〜羽後本荘駅間は営業費用(経費)が1キロあたり70億円前後と、他の不採算路線の2〜3倍を要している。

 利用低迷・経費増大のどちらにも関わる要因は、「災害対応の必要」「特急・貨物列車の走行」だ。

 まず、この羽越本線は「日本海縦貫線」と呼ばれるルートの一部を担っており、大阪・名古屋・東京から秋田・青森・北海道などに向かう貨物列車が、旅客列車以上の頻度で駆け抜けている。貨物列車は1編成で1000トン以上の重量があり、1編成100トン強の普通列車(701系・3両編成の場合)より線路に与える負担が大きく、保守費用がかかってしまう。

 羽越本線に限らず貨物列車が走行する区間は「アボイダブルコストルール」(貨物列車の走行によって発生した差額・レール交換費用など)のみをJR貨物が支払うことになっている。しかし、保線区人件費・一般管理費など固定コストは、JR東日本が支払わなければいけない上に、貨物列車や特急列車が走行できるような高規格を保つ必要もある。JR東日本にとって収益の改善ができないまま、羽越「本線」としての格を維持していることが、経費増大・赤字悪化につながっている。

鉄道 かつて羽越本線を走行していた寝台特急「あけぼの」

 そして、本線の沿線にある山形県・庄内地方は、時として最大瞬間風速25メートル以上の突風が吹くときがある。「利用が少ない線区」から少し外れるが、2005年に羽越本線・北余目駅〜砂越駅間(山形県庄内町)で起きた強風による脱線事故を記憶にとどめる人も多いだろう。

 この事故を受け、JR東日本では風速計・防風柵を大幅に増設したうえで、運転中止の規制値を風速30メートルから25メートルに引き下げるなど、矢継ぎ早に再発防止策を取った。しかしこの規制で列車の運休が激増し、09年度には冬場の12〜3月で列車400本が運休、217本が遅れ、6万人近くに影響が出るなど、運行の乱れが常態化する。

 この時期を境に、「年間就航率97.7%」と安定した移動が見込める、庄内空港からの飛行機利用に切り替える出張客が増えたという。強風対策にかかる経費、そして運休による客離れ・運賃収入の減少は、どちらも羽越本線の利益率を押し下げる要因となった。

 なお、羽越本線は開業当初からこの強風に悩まされており、過去には海岸線沿いに延びていた線路を、山側に切り替えるなどの対策を取った。かつての路盤やトンネルは今でも道路として残る。

 さらに抜本的な対策として山側にトンネルを掘削。しかし国鉄末期の財政悪化によって工事は凍結され、各地で未使用のトンネルが残っている。もし、この区間のトンネルが完成していれば、羽越本線の運命も、少し変わったものになったかもしれない。

 ほか、東北地方の日本海側は、東能代駅〜大館駅間で「32.9億円」(2位)、大館駅〜弘前駅間が「24.2億円」(4位)、湯沢駅〜大曲駅間が「16.2億円」(8位)、新庄駅〜湯沢駅間が「15.6億円」(11位)の赤字を記録。羽越・奥羽の2線で158.2億円と全体の4分の1近くを占めており、JR東日本が自助努力で経営改善できるものではなさそうだ。

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