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家電業界に“黒船”本格参入 コスパ重視「Comfee’」が日本を“狙い撃ち”した理由

» 2024年03月28日 08時00分 公開
[乃木章ITmedia]

 日本での家電メーカーの勢力図が塗り変わるかもしれない。

 世界的大手家電メーカーの中国「Midea Group(美的集団)」が擁する家電ブランド、「Comfee’」が日本市場へ本格参入した。シンプルな機能と直感的な操作性を売りにする同ブランド。2019年に日本でもオンライン販売を始めていたが、24年からは実店舗での販売をスタートし、オンライン販売網も強化する。

 日本の白物家電市場に参入している「中国4大メーカー(Haier、Hisense、TCL、Midea Group)の中で、2027年までにマーケットシェアとオンライン販売シェアで1位獲得を目標」(日本美的の斉心氏)に掲げる。

 かつて世界の市場を席巻した高品質、高性能のモノづくり大国・日本の電気製品が世界で売れなくなった代わりに、韓国や中華系メーカーが台頭した。すでにシャープや東芝など日本の大手家電メーカーの家電部門が中華系メーカーに買収されてしまっている。

 2016年に東芝の白物家電事業を買収したのもMidea Groupだ。1990年ころを最盛期に、徐々に下り坂になった日本の家電が世界で売れなくなった背景には大きく2つの理由がある。

技術力は海外流出 ガラパゴス化した日本企業

 まず1つ目はガラパゴス化し、世界の需要に対応できなかった日本メーカーの姿だ。

 『日本の電機産業はなぜ凋落したのか 体験的考察から見えた五つの大罪』(集英社新書)によれば、製品の均一化が進み価格競争が激化する中でも、高付加価値を付ければ高価格でも売れるだろうというメーカー寄りの都合があった。

 国内では日本ブランドへの信頼があって売れたとしても、海外では必要最低限の機能という簡易かつお手頃価格の需要が高かったので通用しなかったのだ。世界の中でユニークな家電製品があふれる日本市場は、独自の生態系を持つ島になぞらえてガラパゴス市場と呼ばれ、世界の本流から外れていった。

 2つ目が、早い段階から日本の技術が海外に流出してしまったことだ。コスト削減のために海外で部品を生産するだけにとどまらず、しまいには海外で完成品までの製造過程を任せるようになってしまった。

 Midea Groupにしても、1999年に東芝キャリアのインバーター技術を導入し、ビル用空調の開発に着手したことをきっかけに、わずか15年で業務用エアコンのグローバルシェア1位にまで上り詰めた。OEMとして、アイリスオーヤマや東芝の家電を長きにわたって製造してきた実績もある。Comfee'においても、これまで日本企業の委託を受けて開発した技術を活用して、世界のニーズを捉えたオリジナル商品を生み出すに至った。

 海外だけでなく国内市場も中国メーカーが席巻する日本において、Midea Groupが注力するComfee’の狙い、世界の市場シェアを獲得する要因はどこにあるのか、日本美的で取締役を務める斉心氏に聞いた。

斉心(さい・しん)。日本美的株式会社取締役。日本の駒澤大学留学を得て、丸紅株式会社に就職。2年目から上海駐在員として勤務。その後、中国大手家電メーカー・TCLに転職して、2015年からTCLジャパンエレクトロニクスを立ち上げた。2019年からはMidea Groupにヘッドハンティングされ、日本美的株式会社取締役として「Comfee’」の日本家電市場のシェア獲得に力を注ぐ

世界の家電市場で65%のシェア

――「Comfee’」はこれまで、イタリアのミラノに近いサロンノを拠点に家電を数多く販売していて、洗濯機・冷蔵庫・冷凍庫などはイタリアでも高シェアを誇ります。日本への本格参入を決めていますが、グループ全体で売り上げはどのくらいの割合を占めるのでしょうか?

 Midea Groupは業務用空調機を始め、冷蔵庫や洗濯機、炊飯器、ロボット、自動車、エレベーター、さらにはメディカル分野といった幅広い分野に参入しており、日本、米国、ドイツ、中国に開発センターの拠点を置いています。日本を含めて世界の家電市場で65%のシェアを獲得し、Comfee’はMidea Groupの売り上げの3分の1を占めています。

――Comfee’は2019年、日本市場に参入しました。現在、日本美的はどのような組織構成なのでしょうか?

 Comfee’は私がヘッドハンティングされた19年に、日本でECサイト販売を開始しました。すでに日本市場に進出した中国の家電メーカー・Haier、Hisense、TCLと比べると後発ではあるものの、技術力を持って短期間で他社を超えようと思っています。日本美的は現在95人の社員がいて、90%が技術者です。冷蔵庫、エアコンなどそれぞれの事業部が分立しています。これまでに日立製作所、三菱電機などの日本企業から優秀な人材をヘッドハンティングしました。日本美的の売り上げの90%がComfee’です。

――Comfee’はすでに海外で成功していますが、日本市場でもシェア獲得の自信がありますか?

 われわれは全ての国に同じ製品を販売していません。Comfee’という同じブランドであっても、国ごとのニーズに合わせた製品開発をしています。コストパフォーマンス、デザイン、そして顧客の体験が大事だと思っています。日本にComfee’が参入した際も、ユーザーの家を訪問させていただき、求める機能や間取りなどのデータを綿密に収集してきました。そのデータを持って、日本向けの製品を開発しています。

必要な機能を抑えた上で、デザイン性で他社と差別化を測る

――ブランドアンバサダーとして、谷まりあさんを起用したのは日本の若者をターゲットにしているからですか? その上で、従来日本で受け入れられていた高品質・高性能・高価格の家電は今の時代にそぐわないという判断を?

 もちろん、その国ごとにニーズが異なります。例えば中国では機能が多ければ多いほど良い製品だという評価を受けます。例えば、冷蔵庫のタッチパネルでTikTokが見られるといったものですね。一方、日本の若い層は、多機能で高額の製品ではなく、コストパフォーマンスとデザインを兼ね備えた総合的なメリットで判断していると考えています。谷まりあさんを起用するのはComfee’のメイン購買層の60%が女性だからですが、若い層だけでなく現在は40代もターゲットに入るなど年齢層も上がっています。

――日本のユーザーが家電を選ぶ上で重要視していることは何だと認識していますか?

 海外と比べて日本の家電市場は独特です。安さや便利さだけではなく、そのブランドに慣れてもらうことが重要になってきます。使い慣れてくれれば継続して購入してくれます。なので、われわれは操作が簡易的でかつ分かりやすい商品を企画したいのです。その上で、日本向けのユニークな商品を開発しています。例えば、日本の住宅はスペースがあまり広くないので、掃除ロボットをセットにしたドラム式洗濯機を開発しました。

――本格参入にあたって、これまで販路になかったオフライン販売へも拡大する最大の狙いは何ですか?

 やはり体験をしてもらうことが大事だからです。いくら高品質であっても、他の製品より機能が多くても、カスタマーエクスペリエンス(顧客体験)が良くなければ意味がありません。われわれは顧客体験を何よりも重視しています。店舗に製品を置くことによって顧客の声を今まで以上に聞くことができます。意見を取り入れてより良い製品を開発していきたいです。

一歩先をいく美的集団

 以上がインタビュー内容だ。かつて世界を席巻した日本の白物家電は、依然として国内でも低迷が続いている。24年はコロナ禍による巣ごもり需要が完全に終わりを告げ、旅行や外食などの消費がさらに増える見込みだ。4月から新生活を始める若い層を含めた多くの消費者は、ハイエンドモデルを必要としないだろう。

 一方Amazonで家電を検索してみると、日本の家電メーカーも新生活をターゲットに“お買い得価格”で冷蔵庫・洗濯機・電子レンジなどの家電セットを販売中だ。比べると、Comfee’製品は飛び抜けて安いとは言えないものの、同価格帯であってもデザイン性と操作性のしやすさ、一人暮らしのスペースを考慮したサイズ感などで差別化できている。

 ここだけを見ると、高品質・多機能のハイエンドモデルに注力した日本の家電メーカーも、コストを抑えた商品を展開し、その部分では中華系メーカーと競合することになりそうだ。ただ筆者はデザイン面やマーケティングにおいて、美的集団が一歩先をいく印象を受けた。

 特に価値観や個性を重視するZ世代にとっては、他と似たり寄ったりの家電ではない点が刺さりそうだ。今後は性能面を含めた体験が、同ブランドの浸透を左右するだろう。

著者プロフィール

乃木章(のぎ あきら)

フリーランスの記者・カメラマン。アニメ、ゲーム、コスプレ、ファッション、日本酒、ビジネスなど多角的に取材。とくに中国語が得意で、中国・東南アジア市場の取材に注力している。また、カメラマンとしてもアパレル系を中心に撮影。ポートフォリオTwitterInstagram


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