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NEC責任者に聞く「生成AIの勝機」 マイクロソフトCEOとの会談で下した決断とは?世界トップ級の日本語能力(1/2 ページ)

» 2023年12月07日 08時00分 公開
[中西享, 今野大一ITmedia]

 生成AIが多くの分野で使われ始め、開発競争も激化している。NECは他社に先駆けて、生成AI開発のカギとなる同社独自の大規模言語モデル(LLM)の実用化に成功。日本市場の需要に合わせた専用ハード、ソフト、コンサルティングサービスを提供する「NEC Generative AI Service」を開始した。

 欧米や日本の競合が開発しようとしている生成AIサービスと比べ、どこが優れていて、どんな特徴があるのか。

 「生成AIをブームで終わらせたくない」と意気込む吉崎敏文CDO(チーフ・デジタル・オフィサー)に開発方針などを聞いた。

photo 吉崎敏文(よしざき・としふみ)1985年に日本IBMに入社、2008年に執行役員、19年にNECに移りコーポレートエグゼクティブ、21年に執行役員常務、23年6月から執行役コーポレートEVP兼CDO、デジタルプラットフォームビジネスユニット長。61歳。福井県出身

マイクロソフトCEOとの会談で出した答え

 NECは7月、生成AIに関するビジネス戦略を発表した。日本市場を重視する戦略を取った背景には、グローバルで協業している米Microsoft(マイクロソフト)のサティア・ナデラCEOとの会談がある。

 「ナデラCEOと2回話し合った上での決断です。日本は他国と商習慣も違います。海外メーカーと差別化した、日本語に特化した生成AIを作ることで、ナデラCEOの理解も得られました」

 営業戦略としてNECは、日本語に特化した生成AIを日本や海外に展開していく。一方のマイクロソフトは、グローバルで汎用的な生成AIの展開を目指している。

photo 米マイクロソフトのサティア・ナデラCEO

 吉崎CDOによれば、NECのLLMのパフォーマンスは、4月ころまでは期待したほど上がっていなかったという。

 「7月になってパフォーマンスが改善しました。LLMのベースとなるファウンデーションモデルができている日本企業はまだ少なく、これから作りこもうとする会社が多い中、NECは現段階でアドバンテージがあります。この1年が重要です」

 ファウンデーションモデルとは、大量のデータを使った学習(一般的には事前にラベル付けのないデータによる自己教師あり学習)により構成された機械学習モデルのことだ。NECのLLMの特徴は、主語が明確でない難しい日本語の長文でも、独自の工夫を施すことによって、推測して読解する能力がある点だという。

 「日本語はもともと、英語と比較してロジカルではない言語なのです。ですから論理的な文章を数多く覚えさせるようにしました。そうすることによって、主語がなくても前後関係から誰が主語なのかを推測できる設計にしています。そこまでできないと、実際の業務には使えません」

 LLMの推測能力の向上に成功した結果、NECはLLMの大幅な軽量化に成功した。大手LLMのパラメーター数に比べて13分の1の容量で、同程度の読解力を発揮できるという。大幅にコストパフォーマンスを向上させたのだ。

 世界トップクラスのLLMのパラメーター数が1750億あるのと比べると、NECは130億と、はるかに少なくできた。

 世界トップクラスのAIは、大規模なパラメーター数によって高い精度を実現している。例えば「今日は疲れたから」という文があると、次に来る文章として「早く寝よう」「運動しよう」「明日いいことがある」など数多くの候補を用意し、その中から最も適切な単語を次に来るものとして予測し、高い精度を実現している。このためパラメーター数が増えると、高い精度を実現できる反面、大規模なマシンパワーが必要となり、企業内で活用する際の課題となる。

 一方NECのLLMは、質の高いデータを大量に学習させることによって、次に来る文章を「早く寝よう」といった有益な選択肢に絞り込む。この仕組みによって高い精度を実現しているのだ。このような設計のおかげで、GPU1枚からでも軽量に動作させられるメリットがある。

 「AIによる学習効果のおかげで、これまで主流だったパラメーター数の多いLLMを持つ必要がなくなりました。大型のLLMは電力消費量も大きいですし、電気代が高い日本では、省エネの点からも軽量化できたメリットは大きいのです。

 軽量化できたのは、2年前に当社の森田隆之社長がAI研究用スーパーコンピュータの研究設備に投資を決断して、基本モデルとなるファウンデーションモデル作りをいち早く始められたからです。生成AIを作ろうとしている他社の多くは、これからこのファウンデーションモデルを作ろうとしているので、その点でNECは優位にあります」

photo NECの森田隆之社長(2021年12月撮影:山崎裕一)

AIによって人間が鍛えられる

 人手不足が深刻化する中で、いま企業が生成AIに求めているものは何か。吉崎CDOは「新商品の開発や新しいものを突然生み出すのではなく、既存のあらゆる業務を効率化するのにどう役立てるかが重要」だと話す。

 「会社の業務の8割はほぼ同じことです。これをこなしてくれる生成AIが登場すれば、顧客となる企業は喜んで使い続けてくれるでしょう」

 一方、製造業では業種によって使い方が違うという。

 「生産、設計、工場の現場によっても全く異なります。ただ、それぞれの業務に特化させて生成AIを使用することはできると考えます」

 ある日本のメーカーでは、2028年以降の新車のデザインに生成AIを活用するという話もあるようだ。記者は新商品のデザインは人間が生み出すものと思っていたが、この領域でも利用価値が高まってきているという。結果、どんなことが起こるのか。

 「デザイナーが要らなくなるのではありません。生成AIを使いこなすデザイナーと、使わないデザイナーの間で差が出てくるということです。AIを使っていろんなアイデアを出させて、そこから人間が選んでいくというプロセスになっていくのではないでしょうか。AIによって人間が鍛えられます」

 生成AIを活用すると、ソフトの開発も便利になるという。最終的には人間がチェックするものの、テスト段階などあらゆる条件でAIにやらせてみることができる。開発経過を文書で残すドキュメンテーションや、リファクタリングと呼ばれる第三者による見直し作業などにも活用されていて「人手不足に大いに役立っています」と話す。

photo NECは2年前にAI研究用スーパーコンピュータの研究設備に投資を決断。ファウンデーションモデル作りをいち早く始めた(説明会での資料より)
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