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“賃上げできない会社”がやるべき「半分ベースアップ」とは? 給与のプロ直伝(2/2 ページ)

» 2024年05月27日 07時00分 公開
[神田靖美ITmedia]
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調整手当を利用する

 もう1つの方法は調整手当を使うことです。高校卒初任給を18万円から23万円に引き上げたい場合、基本給は据え置いて、新入社員には5万円の調整手当を支給します。既存の社員と逆転が起きないように、既存の社員でも基本給が23万円に満たない人には、その差額をやはり調整手当として支給します。基本給が20万円である人には3万円の調整手当を支給します。

 こうすれば、少なくとも賃金の逆転は起こりません。調整手当をずっと温存しておくのでは基本給と区別する意味がないので、毎年1万円ずつ減らすというような形で段階的に解消します。

 上記の例では5万円も初任給を上げるという極端な設定にしましたが、実際には2023〜2024年の間に、初任給相場は5万円も上がってはいません。産労総合研究所の「2024年度決定初任給調査中間集計」によると、高卒初任給は前年に比べて1万43円増加しています。調整手当を利用する場合、1万円程度の金額になるでしょう。これを4年で解消するとしたら、毎年2500円ずつ減額することになります。

 調整手当は2500円ずつ減額されますが、新卒を採用するような会社であれば、賃上げが毎年あるはずです。日本労働組合総連合会(連合)の集計によると、2024年の、従業員300人未満の中小企業の賃上げ額の平均は約1万2000円です(※2)。基本給が1万2000円上がれば、調整手当を2500円減額されても、差し引きで賃金が9500円上がります。

(※2)連合のプレスリリースより。2024年5月8日中間集計、集計組合員数による加重平均。

 ただし調整手当を利用する方法は、初任給引き上げの恩恵を享受できるのは入社後数年間にすぎず、生涯賃金にはほとんど影響しません。聡明な学生なら、このことにすぐ気付くはずです。

初任給は重要か

photo (提供:ゲッティイメージズ)

 そもそも高校生や大学生は初任給を重視しているのでしょうか。確かに就職人気企業には初任給が高い会社が多いです。2023年のデータですが、「日経マイナビ」による大学生就職人気トップ10の企業の大卒初任給は平均26万2608円でした(筆者計算)。母集団を特に就職人気企業に限定したわけではない、産労総合研究所の「2023年度決定初任調査」にみる大卒初任給の21万8324円を20%あまり上回っています。

 しかし当然のことながら、学生は初任給だけで応募先を選んでいるとは限りません。将来享受できるであろう賃金や賞与、企業ブランド、企業規模、残業の多寡なども多かれ少なかれ考慮しているはずです。

 大学生が何を重視して就職先を選んでいるかについては、熊本学園大学の米田耕士准教授が研究しています(※3)。これによると、賃金は確かに重視されていますが、初任給ではなく社員平均年収を見ています。残業手当や賞与も含んだ年収の、ベテラン社員まで含んだ平均値です。平均年収が1%高くなると、応募倍率は1.167%高くなります。

(※3)『大学生の就職活動における大企業志向は何が要因か―企業別応募倍率の決定要因分析を通して』(『日本労働研究雑誌』2015年5月号所収)

 残業の少なさも重視されています。残業が少ない業種ほど応募倍率が高くなる傾向はあるものの、同じ業種内だと残業時間で大きく応募倍率に差が付くことは少ないようです。

 知名度は一定の影響こそあるものの、賃金に比べればわずかなものにとどまります。知名度の指標として広告宣伝費を利用すると、広告宣伝費が1%多くなっても、応募倍率は0.058%しか高くなりません。社員平均年収に比べれば、実に20分の1の影響しかありません。

 女性の採用実績がある企業は応募倍率が高くなる傾向があります。女性を採用することに消極的な企業はあり、そうでない企業には多くの女子学生が応募するからです。

 企業規模は応募倍率にそれほど影響を及ぼしません。社員平均年収が同じであれば、企業規模が大きくなっても応募倍率はあまり変わりません。

 要するに学生にとって企業の大きさや知名度そのものはあまり重要ではなく、平均年収が重要であり、社員平均年収が高い会社がたまたま大企業や有名企業であるだけのことだといえます。

 社員平均年収がかくも重要であれば、初任給だけを引き上げることはもとより、調整手当を利用する方法も、新卒の応募倍率を上げるに際してほとんど効果がないということになります。

 そうであれば、造語で恐縮ですが全社的な賃上げに続く次善の策は「半分ベースアップ」であると言えます。

著者紹介:神田靖美

人事評価専門のコンサルティング会社・リザルト株式会社代表取締役。企業に対してパフォーマンスマネジメントやインセンティブなど、さまざまな評価手法の導入と運用をサポート。執筆活動も精力的に展開し、著書に『スリーステップ式だから、成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)、『会社の法務・総務・人事のしごと事典』(共著、日本実業出版社)、『賃金事典』(共著、労働調査会)など。Webマガジンや新聞、雑誌に出稿多数。上智大学経済学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。MBA、日本賃金学会会員、埼玉県職業能力開発協会講師。1961年生まれ。趣味は東南アジア旅行。ホテルも予約せず、ボストンバッグ一つ提げてふらっと出掛ける。

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