東京メトロの上場には、いくつかの明確なメリットが存在する。第一に、上場による資金調達の必要性が高いことだ。同社は2027年に開業から100年を迎える。インフラの老朽化や設備更新、新規拡張に相応の資金が必要となるだろう。
さらに、上場による経営の自由度の拡大も期待される。現在、国や地方自治体の出資に依存する形で運営されている東京メトロは、行政の指導や制約に縛られることが多い。上場することで、経営方針や戦略の自由度が増し、より市場ニーズに即した柔軟な経営が可能となる。これにより、利用者サービスの向上や新たな収益源の開拓が期待される。
東京メトロの収益源の開拓に向けた積極的な姿勢は、2019年に当時は未上場スタートアップであったレンタルスペース企業の「スペースマーケット」と資本業務提携を結んでいたことからもうかがえた。東京メトロがスタートアップに投資することは当時としては前代未聞の出来事であり、同社の保有する駅施設などの不動産といった経営資源を積極的に活用したいという姿勢が伺えた。
このように、東京メトロは上場によって資金を手にすることで、単なる設備更新だけでなくイノベーションの達成を狙っている可能性がある点にも注目すべきだろう。
一方で、上場にはデメリットも存在する。最も大きな懸念は、株主価値の最大化を求められることだ。これは、営利を追求するための値上げや公共サービスの縮退という形で利用者が犠牲になるリスクがあるということである。
株主は利益を重視する傾向があり、そのために料金引き上げやサービス削減といった施策を取る可能性がある。また、短期的な利益追求が、長期的なインフラ投資の遅れや安全性の低下を招く可能性もある点に注意しなければならない。
東京メトロが「郵政IPOの二の舞」を避けるためには、競合他社との差異を分析、適切な戦略を取ることが求められる。
まず、郵政IPOが期待を裏切った背景には、郵政グループが事実上競争の少ない市場で独占的な地位を維持していたこともある。その結果、上場後に大規模な不正が明るみに出たり、サービスの改善やコスト削減といった競争環境に対応した取り組みが十分に行われなかったりと、投資家の期待に応えることができない結果となった。
これに対して、東京メトロは既に首都圏におけるJR東日本や私鉄各社という強力な競合としのぎを削っており、競争環境に慣れた企業である。
特に、私鉄各社やJR東日本も上場済みであり、これまでの競争を通じて、サービス品質の維持や運賃の適正化を実現してきた。東京メトロが上場しても、これらの競合他社との競争に勝ち抜くためには、サービス向上や効率的な運営が欠かせない。
このような競争環境においては、利益追求に偏った戦略を取れば、利用者を他の鉄道事業者に奪われてしまうリスクがある。そのため、安易な利益追求に走る可能性は低いと言える。
加えて、東京メトロはその中でも「地下鉄」という独自の競争優位性を持っており、この点のさらなる強化がカギになるだろう。
例えば、東京メトロは都内中心部に路線を張り巡らせていることから、渋谷や上野のような山手線沿線だけでなく、六本木や虎ノ門、赤坂といったさらに内側の土地でも不動産事業を展開できている。このように、東京メトロは周辺事業においても自社の特徴を生かして持続可能な成長戦略を描くことができるのだ。
結論として、東京メトロが「郵政IPOの二の舞」を避けるためには、上場後も競争力を維持しつつ、長期的な視点での経営戦略を打ち出すことが求められる。競合他社との競争で洗練した働きをもつことが、大型IPOにおける懸念を払拭(しょく)し、中長期的な視点における持続的な成長と社会的責任の達成を両立させることが可能となるだろう。
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