近年「企業と投資家との対話」の重要性が見直されています。
世界最大の年金基金である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)による検証では、投資家との対話(エンゲージメント)によって時価総額の向上につながることが明らかになりました。対話を促すべく、金融庁は「投資家と企業の対話ガイドライン」を示しており、実際に投資家との対話の場を設ける企業は増えつつあります。
しかしながら、表層的・形式的な対話にとどまらず、投資家に具体的な投資判断を促すような対話ができている企業はごくわずかです。投資家との対話は、多くの企業の資本市場適応に共通する課題と言えます。
今回は、投資家との対話が重視されるようになった背景や、理想的な対話の3つのポイントなどについて解説していきます。
2015年、GPIFが国連のPRI(責任投資原則)に署名したことは、日本の資本市場の潮流が「投機」から「投資」へとシフトする大きなきっかけになりました。これ以降「ESG投資」という言葉が一般化し、環境や社会に配慮し、適切なガバナンス体制を構築することで中長期的な成長が期待できる企業に投資する投資家が増えていきました。
投資の神様と呼ばれ、「10年持ち続ける覚悟で株を買う」という言葉でも有名な投資家のウォーレン・バフェット氏が日本株に投資していることが話題になりましたが、より中長期的な視点でリターンを狙う投資家が増えているというのが、昨今の資本市場の傾向です。
以前の日本の資本市場は、短期的・投機的なスタンスの投資家が大半を占めていました。端的に言えば、安く買い、値上がりしたらすぐに売ることでリターンを得ようというスタンスです。というのも、ひと昔前はファンダメンタルズ分析によって、比較的高い精度で将来の企業価値を推測できました。
今と違い、市場環境の変化が緩やかだったため、優れたプロダクトやサービスがあり、業績が好調であれば「この会社は当面は大丈夫だろう」という見通しがつきました。過去の実績から推測して投機すれば、一定のリターンを得ることができた時代です。投資家の立場からすると、企業と対話しなくても、顕在化した定量データがあれば投資判断ができたのです。
しかし、市場環境が激しく変化している現在は、半年先を見通すのも容易ではありません。ITを主とした技術革新が目覚ましく、情報流通のスピードが加速していることもあり、優れたプロダクトやサービスを生み出してもすぐに模倣され、先行者利益が失われてしまいます。「昨年まで絶好調だった会社が、今年は窮地に立たされている」という例も少なくありません。
このような時代において、どれだけ輝かしい実績を残してきた企業でも、この先、長期的に成長していけるかどうかは未知数です。それでは、投資家は何をもって投資判断を下すのでしょうか。
将来の企業価値を推測するには、その企業のアイデンティティーやカルチャー、経営者の思いやエンゲージメントなど、さまざまな情報を把握する必要がありますが、こうした情報は顕在化しにくいものです。
だからこそ、投資家は企業との対話を求めるようになったのです。対話を通してさまざまな情報を得ないことには、その企業の「長期の成長可能性」を見通すことができません。これはつまり、企業側も対話を通して十分な情報を提供できないと、投資家に選ばれるのが難しい時代になったということです。
2023年3月、東京証券取引所(東証)は、プライム市場の全上場企業を対象に「株主との対話の推進と開示」を要請しました。これは、直前事業年度における経営陣と株主との対話の実施状況などについて開示を要請するものです。
企業のIR担当者は開示要請への対応に追われていますが、現状は「開示のための開示」になっている企業が大半です。もちろん、評価機関への対応という意味もありますが、こうした開示は、最低限のスクリーニング基準をクリアするものにしかなりません。
投資家から選ばれるためには、開示のための開示から「対話のための開示」へのシフトチェンジを図る必要があります。
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