同僚が育児休暇を取得する。そう分かったとき、あなたの職場ではどんな反応が起きるだろうか。めでたいことだが、これから増える業務負担を思うと手放しでは喜べない──そんな本音を抱く人もいるかもしれない。
実際に育休取得者のカバー業務が増えてくると、仕事上の負荷だけではなく、新たな悩みの種ができる。サポートに対し、適切な評価や報酬がないことだ。
そうした不満への対応として、同僚に対し一時金を支給する企業が現れている。どのような狙いで、いくらを支給し、実際にどのような効果があったのか。導入した大手2社の事例を見てみよう。
三井住友海上は2023年7月に、「育休職場応援手当」と名付けた制度を導入した。育休取得者のいる職場の全員に対し、一律で同額を支給するものだ。
支給額は最大10万円で、「育休の取得期間」と「職場の人数」によって決める。期間については3カ月、人数は部門の中央値である13人を1つの基準としている。取得期間が長く、また人数が少ない部署に、より多く支給する意図だ。
「支給を受けた社員からは『意外と(たくさん)もらえた』という声も多い」と、人事部の柴山佳瑶子氏は話す。柴山氏自身も、約1年間にわたって取得する同僚がおり、職場の15人で一律7万円を受け取ったことがあるという。2024年4月までに450件の育休取得があり、470拠点の8900人に対して手当を給付した。
制度の新設によって、どのような影響があったのか。社員へのアンケートでは、手当の支給をきっかけに「自分自身のワークライフバランスの意識が高まった」とした人が46%に上った。周囲が気持ちよくサポートするための制度ができたことで、若手層を中心に自身のプライベートにも目を向けるきっかけになったようだ。
また、引き継ぎなどを通じて「職場全体の業務の見直しにつながった」という意見も3割程度見られた。育休に限らない話だが、職場で欠員が出た際、残った人員でどのようにカバーしていくべきなのかは問題になりやすい。
「職場の全員に一律で同額を支給することで、引き継ぐ業務を『一部に偏ることなく分担しよう』という意識が生まれやすくなったのでは」(柴山氏)
一方で、建設業の大和リース(大阪府)が用意する制度は、支給額を同額とせず、人によって差をつけている点に特徴がある。
2023年の年末賞与から開始した「サンキューペイ制度」は、上長が「どの同僚社員が、どれほど貢献したか」を「質」と「量」の2つの面で評価する。
育休社員に支給するはずだったボーナスを、評価に応じて配分し、ボーナスに上乗せする仕組みだ。平均的な支給額は1人当たり15万〜17万円程度だという。2024年の夏季には、43人の育休取得者のボーナスを139人に分配した。
原資を育休社員のボーナスとしたことで、育休社員自身の「申し訳なさ」の軽減にもつながっているようだと、人事部長の佐伯佳夫氏は明かす。取得する側と送り出す側の双方が気持ちよく育休期間を迎えられるような制度設計を目指した。
また佐伯氏は、制度を考案した大きな理由の一つに「男性育休の増加」もあったと話す。
女性社員の場合は、産育休を通じて長期間の不在が一般的であり、代わりの人員補充などを行いやすい。しかし男性の場合、取得期間が比較的短い上、育児・介護休業法の改正によって期間を分割しての取得も可能になった。
「数週間や1カ月程度の休みを断続的に取得するとなると、他部署から代わりの人員を補充するなどの選択肢は現実的ではない」(佐伯氏)として、制度の新設に踏み切った。
専門家は、こうした流れをどう見るのか。子どもを持たない人のコミュニティーである一般社団法人WINK代表の朝生容子氏に話を聞いた。
同団体などが実施した調査によれば、子どもを持たない人が職場に求める施策として最も多くの票を集めたのが「子育て中などの社員の業務をカバーした対価」だった。
「サポートに回る同僚たち、中でも子どもを持たない人たちは、貢献を“当然視”されてきた。こうしたカバーする側の負担を認め、また制度化したのは素晴らしいこと」(朝生氏)
その上で、企業が働きやすさの向上に取り組む際、その施策は特にワーキングマザーなどを対象にしたものばかりに偏りがちであることを指摘する。
「育児中の人以外にも『休暇を取りたい』『働き方を調整したい』と考える人はいる。介護や体調面の都合、不妊治療の都合など事情は人それぞれだ。誰でも休みやすい、働き方を選びやすい制度など、より本質的な働きやすさの向上が望ましい」(朝生氏)
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