大小かかわらず、官民問わず、さまざまなプロジェクトが進行する中で、「予算内、期限内、とてつもない便益」という3拍子をそろえられるのは0.5%にすぎない。
逆に勝ち筋はどこにあるのだろうか。数十年間の大型プロジェクトの研究と実践で培ってきたオックスフォード大学教授が明かす11の経験則。『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けする。
注意してほしいのだが、経験則は、それさえ守れば必ず成功できる、というようなルールではない。実際に使う前に、あなた自身の経験と照らして、納得できるかどうか考えてほしい。そして何より、これらの経験則をたたき台にして、調査をし、新しいことを試しながら、あなたなりの経験則をつくってほしい。あなた自身の経験則がものをいう。
自分の経験則をつくる方法とそれが必要な理由を知るには、巻末の参考文献を読んでほしい。そして経験を深め、野心的なビジョンを具体的な現実に変える能力が劇的に高まるのを体感しよう。
マスタービルダーとは、中世ヨーロッパの大聖堂を建設した、熟練した棟梁(とうりょう)に与えられた称号だ。経験則を1つだけ選ぶとしたら、これである。
なぜならマスタービルダーは、あなたのプロジェクトの実現に必要な全てのフロネシス(実践知)を持っているからだ。あなたのプロジェクトが住宅リフォームであれ、結婚式やITシステム、高層ビルであれ、深い専門的経験を持ち、プロジェクトを成功に導いた実績のある人を雇おう。だがマスタービルダーがいない場合や雇えない場合は、次の経験則を検討してほしい。
私が出会ったプロジェクトリーダー全員が、口をそろえてそう言っていた。エド・キャットムルがその理由を説明している。
「いくらよいアイデアでも、平凡なチームに与えたら台無しにされてしまう。だが優れたチームに平凡なアイデアを与えると、それを修正するか、もっといいアイデアを考えてくれる。だからよいチームさえ用意できれば、よいアイデアが手に入るんだ」
だが、そのチームは誰が選ぶのか? できればマスタービルダーに選んでもらいたい。実際、それがマスタービルダーの主な仕事である。マスタービルダーは単独で仕事をするイメージがあるが、そんなことはない。プロジェクトを実現するのはチームだ。
そこで、この経験則はこう言い換えることもできる。「可能ならマスタービルダーと、マスタービルダーのチームを雇おう」
何のためにプロジェクトを行うのかを考えれば、あなたが最終的に成し遂げたい目的と結果という、最も重要なことに自然と目が向く。
これらは、プロジェクトチャートの右端のボックスに書かれることだ。プロジェクトが波乱万丈の現実に向かって船出したあとも、優れたリーダーは最終目的を決して見失わない。
ヒースロー空港ターミナル5の建設監督者、アンドリュー・ウォルステンホームも言っていた。「実行フェーズになれば、どこにいて何をしていようと、今の自分の行動が右端の結果に結び付くのかどうかをつねに考えている」、と。
大きいものは、小さいものでつくるのが一番だ。
小さいケーキを1つ焼こう。もう1つ焼こう。さらにもう1つ。それらを積み重ねよう。どんなに高くそびえるウェディングケーキも、デコレーションは別として、この方法でつくられる。
ウェディングケーキと同様、太陽光発電から風力発電、サーバファーム、バッテリー、コンテナ輸送、パイプライン、道路までの全てが、基本要素を組み合わせるモジュール方式を利用している。
この方式を取れば、とてつもないスケールとスピード、品質、コストパフォーマンスの向上を実現できる。小さいケーキはウェディングケーキの基本要素、レゴブロックにあたる。ソーラーパネルはソーラーファームの、サーバはサーバファームのレゴだ。
このパワフルな小さいアイデアは、すでにソフトウェアから地下鉄、ハードウェア、ホテル、オフィスビル、学校、工場、病院、ロケット、人工衛星、自動車、アプリ販売までのあらゆるものに応用されている。想像力が許す限り、どんなことにも使える。あなたのレゴは何だろう?
計画フェーズで起こり得る、最悪のことは何だろう? 誰かに書きかけのホワイトボードを消されることかもしれない。
では、実行フェーズで起こり得る最悪のことは? ドリルが海底を突き破り、トンネルが浸水する。映画公開直前にパンデミックが起こり、映画館が閉鎖される。ワシントンDCの絶景が台無しになる。オペラハウスの数カ月分の工事をダイナマイトで破壊し、がれきを撤去して、一からやり直す羽目になる。高架橋が崩落して、数十人が命を落とす、などだ。
実行フェーズでは、想像できるどんな悪夢も起こり得るし、実際に起こっている。こうしたリスクへの露出を減らさなくてはならない。そのために、十分な時間をかけて、詳細な実証済みの計画を立てよう。
計画立案は相対的に安価で安全だが、実行は高価で危険だ。優れた計画によって、リスクが飛び込んでくる窓をできるだけ狭め、できるだけ早く閉じれば、プロジェクトを迅速に効率よく完了できる確率が高まる。
あなたのプロジェクトは確かに特別だ。だが、例えばタイムマシンをつくる、ブラックホールを生み出す、といった、全く前例のないことをするのでない限り、「唯一無二」ではなく、より大きなカテゴリーの一部にすぎない。
あなたのプロジェクトが「数ある中の1つ」だという視点を持ち、データを集め、参照クラス予測を立てて、データに反映された経験から学ぼう。また同じ視点に立って、リスクを特定し、軽減しよう。視点を「プロジェクト」から、プロジェクトが属する「タイプ」にシフトすれば、かえってあなたのプロジェクトを正確に理解できる。
リスクと機会は、同じくらい重要なものとして、天秤にかけられることが多い。だがそれは間違いだ。リスクはプロジェクトやキャリアを破壊する場合があり、どんな機会をもってしても、それを埋め合わせることはできない。ほとんどのプロジェクトに内在する恐ろしいファットテールのリスクについては、リスクを予測してそれに対応する予備費を計上するという通常の方法ではなく、起こりそうな危険を直接特定して対策を立てる方法で、リスク軽減に努めよう。
過酷な3週間の自転車レース「ツール・ド・フランス」の参加選手によれば、大事なのは勝つことではなく、21日間毎日負けないことだ。そうして初めて、勝つことを考えられるようになるという。成功するプロジェクトリーダーも同じ考え方をする。目的という賞品を見据えながら、毎日負けないことに集中し続けよう。
プロジェクトを完了するためには、集中を保つ必要がある。集中を保つためには、「ノー」と言うことが欠かせない。
プロジェクトの成功に必要な人材と、予備費を含む十分な資金が得られないなら、手を引こう。今やっている活動は、右端のボックスの目的を達成するのに役立つのか? そうでないなら、やめてしまおう。壮麗なモニュメントにノーと言おう。実績のないテクノロジーにも、訴訟にも、ノーと言おう。
何かを断るのは、とくに実行重視の組織では、難しい場合がある。だがプロジェクトと組織を成功させるには、取捨選択がカギを握る。
「私は自分がしてきたことと同じくらい、してこなかったことに誇りを感じている」とスティーブ・ジョブズは言った。ジョブズの見るところ、アップルは「してこなかったこと」のおかげで、少数のプロダクトに集中し続け、とてつもない成功を遂げることができた。
私の知り合いは、公共部門の数十億ドル規模のITプロジェクトを指揮した際に、外交官の役割を担い、プロジェクトの重要な利害関係者の理解と支持を得ることにかなりの時間を費やしたという。
なぜだろう? これもリスク管理のうちだからだ。問題が発生したときにプロジェクトの命運を握るのは、強固な人間関係なのだから。問題が生じてから関係を築こうとしてももう遅い。必要になる前に架け橋を築いておこう。
今日の世界では、気候リスクの軽減以上に緊急を要する問題はない。公共の利益のためだけでなく、あなたの組織やあなた自身、あなたの家族のためにも必要なことだ。
アリストテレスの言う「フロネシス」は、全体にとっての善が何であるかを知り、かつそれを実現する能力である。
何が「善」かを、私たちはすでに知っている。例えば気候変動緩和策の一環として、住宅や自動車、オフィス、工場、店舗などを電化し、豊富な再生可能エネルギーから電力を得るなど。私たちはこれを実現する能力も持っていて、すでに実現しつつある。
いまや問題は、本書で説明した原則を指針として、さらに多くの大小の緩和策と適応策を素早く加速、拡大していけるかどうかである。私がこの本を書き、この経験則のリストをまとめたねらいは、それをあと押しすることにあった。
プロジェクトが失敗する原因は、不測の事態にあると考えたくなるのも分かる。価格や条件の変更、事故、天候、新しい管理体制、などだ。
だがこれは浅い考えだ。シカゴ大火祭が失敗したのは、企画者のジム・ラスコが点火装置が故障する状況を正確に予測できなかったからではない。失敗したのは、彼が内部情報にこだわり、ライブイベントというカテゴリー全体で起こりがちな失敗の原因を調べようとしなかったからだ。
なぜだろう? 木を見て森を見ないのは、人間の心理としてありがちなことなのだ。ラスコの最大の脅威は、外の世界にはなく、彼自身の頭の中にあった──行動バイアスである。これはどんな人にも、どんなプロジェクトにも当てはまる。つまり、最大のリスクはあなた自身なのだ。
経済地理学者。オックスフォード大学第一BT教授・学科長、コペンハーゲンIT大学ヴィルム・カン・ラスムセン教授・学科長。「メガプロジェクトにおける世界の第一人者」(KPMGによる)であり、同分野において最も引用されている研究者である。『メガプロジェクトとリスク』などの著書、『オックスフォード・メガプロジェクトマネジメント・ハンドブック』などの編著多数(いずれも未邦訳)。ネイチャー、ニューヨーク・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナル、BBC、CNNほか多数の著名学術誌や有力メディアに頻繁に取り上げられている。これまで100件以上のメガプロジェクトのコンサルティングを行い、各国政府やフォーチュン500企業のアドバイザーを務めている。数々の賞や栄誉を受け、デンマーク女王からナイトの称号を授けられた。
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