「65歳以上の社員」が活躍するには、どんな準備が必要なのか 企業の盲点

» 2024年11月28日 07時00分 公開
[田村元樹ITmedia]
株式会社パーソル総合研究所

この記事は、パーソル総合研究所が11月12日に掲載した「65歳以上の継続雇用に企業が慎重なのはなぜか ー働き続けたいシニア人材活躍のヒント」に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。


 パーソル総合研究所と中央大学が共同研究した「労働市場の未来推計2035」によると、65歳以上のシニアが希望通りに働くことができれば、おおよそ593万時間/日(働き手で換算すると218万人)の労働力増加が期待できる可能性が示された。

 しかし厚生労働省の「令和5年『高年齢者雇用状況等報告』」によれば、70歳までの高年齢者就業確保措置を実施済みの企業は29.7%であり、65歳以上のシニア人材を継続雇用している企業は限定的である。

 そこで本コラムでは、企業が65歳以上のシニア人材の継続雇用に慎重である理由とその背景を探り、シニア人材が活躍できる環境を整えるためのヒントを提示する。

企業がシニア人材に期待していること

photo (提供:ゲッティイメージズ)

 現状を鑑みると、多くの企業はシニア人材について課題を感じていることが分かる。パーソル総合研究所の「企業のシニア人材マネジメントに関する実態調査(2020)」よれば、49.9%の企業がシニア人材に関する課題を抱えていると回答している。

 具体的には「パフォーマンスの低さ」「モチベーションの低さ」が上位に挙げられており、これらがシニア人材の活用に対する企業の懸念を強めている。そのため、65歳までは雇用を続けるが、それ以降雇い続けることには慎重にならざるを得ないのだろう。

 これだけを見ると、シニア人材は企業からの期待に本当に応えられていないのか疑問が残る。同調査では、実際にシニア人材が組織の期待に応えているかどうかを聴取し、「専門性の発揮」には貢献しているとされているが「新たな仕事に対するチャレンジ」「自律的な自身のキャリア構築」といった面では期待に応えきれていないことが報告されている。

 これを基に考えるべきは、65歳以上のシニア人材があと何年ほど働けるのかである。キャリア晩年に差し掛かっている人材に対して、企業が「新たな仕事に対するチャレンジ」や「自律的な自身のキャリア構築」を期待する意味があるのか。むしろ、培ってきた専門性を発揮し続けるだけではいけないのだろうか。

専門性に基づくパフォーマンス発揮だけでは不十分なのか

 今後はAIやテクノロジーの進化に伴い、これまでシニア人材に任せていた業務が変化し、あるいは消滅する可能性もある。デジタル機器の使用に不安を感じているシニア人材も多く(※1)、新しい業務に適応できない場合、企業は柔軟な配置換えが難しくなり、シニアの雇用を続けることでさまざまな負担を背負うことになるだろう。

(※1)内閣府(2023)情報通信機器の利活用に関する世論調査(令和5年7月調査)2024年10月11日

 時代の変化に伴って、シニア人材には適応力が求められているが、現状ではその要求に応えられていない面は確かにありえそうだ。

 今から企業ができる対策として、40〜50代のミドルの段階から継続的にリスキリングなどの支援を行うことである。これにより、このスキルギャップを緩和できる可能性がある。厚生労働省の「令和5年度能力開発基本調査」によれば、シニア人材の2割程度しか自己啓発に取り組んでおらず、各年代と比較して最も低い(図表1)。

 そのため、企業が懸念するようなスキルギャップについて早い段階からリスキリング支援を始めることにより、シニア人材がスムーズに対応できるようにすることは有益な対策だといえる。

photo 図表1:年代別 自己啓発を行った割合 出典:厚生労働省「令和5年度能力開発基本調査」より筆者作成

モチベーションの低さは企業側が招いてきた可能性

 さらに、企業が課題として挙げている「モチベーションの低さ」は、これまでの人事制度よって企業側が招いてきた可能性も大いにあるだろう。

 国税庁「令和4年分民間給与実態統計調査」によると、企業勤めの会社員は年齢が上がるごとに平均給与が増え、60歳前に最も高い年収を得ることが多い。

 しかし、60歳を過ぎてからは右肩下がりである(図表2)。これは定年延長や再雇用の際には役職や賃金体系の見直しが行われ、その後の給与が大幅に減額されるケースが一般的であるためだ。

 定年延長や再雇用は、企業にとって業務やポジション、賃金体系の見直しを図ることによる組織新陳代謝のメリットがある。一方で、シニア人材にとっては同じような業務を従前よりも低い賃金で続けることになり、その結果モチベーションの低下につながることが指摘されている(※2)。

(※2)世界経済フォーラム(2024)仕事と将来の仕事 シニア世代を生かす再雇用で人材不足解消と満足度向上へ2024年10月11日

 実際に、パーソル総合研究所の「シニア従業員とその同僚の就労意識に関する定量調査(2021)」によると、再雇用されたシニア従業員の半数以上が同じ業務を続けているにもかかわらず、定年前の年収と比べて平均で44.3%の減額が報告されている。こうした状況がシニア人材の働くモチベーション低下を招き、結果として企業側の課題の要因となってきた可能性は否定できないだろう。

 今後企業側がシニア人材の労働参加を取り込むためには「年齢」によって賃金体系などを一律に変えるような人事制度を止め、職能や実力に応じた評価へと見直す必要があると考える。

photo 図表2:年齢階層別の平均給与 出典:国税庁「令和4年分民間給与実態統計調査」より筆者作成

65歳以上のシニア人材が活躍できる環境を再考

 企業が65歳以上のシニア人材の継続雇用に慎重となる一方で、活躍できる環境を再考する必要があるだろう。

 その一つは評価・賃金体系である。65歳以上のシニア従業員はフルタイムではなく、パートタイムや契約社員として雇用されることも多い。そのため、モチベーション管理の一つとしてその業務に見合った対価設定が必要だろう。

 そこで、例えば60歳で再雇用になる前の年代から、自らの専門性やスキルを提示してもらい、60歳以降はそれに見合った賃金を支払う仕組みが考えられる。その上で60〜65歳時点のパフォーマンスに応じて、65歳以降も継続雇用できる選択肢をあらかじめ明示しておくことは、働く意欲のあるシニア人材のモチベーションにもつながるだろう。

 つまり、パフォーマンスに応じた賃金体系と65歳以上の継続雇用条件について、60歳以前から明示しておくことである。

 もう一つは65歳以上のシニア人材が担う役割の明確化だ。厚生労働省の「令和5年度能力開発基本調査」によれば、技能継承の取組を行っている事業所の割合は85.1%だ。取組内容としては「退職者の中から必要な者を選抜して雇用延長、嘱託による再雇用を行い、指導者として活用している」が2番目に多い(図表3)。つまり、企業も後継者を育成する担い手としての活躍を期待している。

 これらを踏まえ、シニア人材に対して企業が期待していることを60歳以前から明示することが重要だ。事前に知ることで、65歳以上も働く意欲があるシニア人材は「今後も働くために備える」ことができるようになるだろう。

 これにより、労働力不足の企業と働きたいシニアのミスマッチ緩和に期待ができる。その上で、シニア人材が持つ豊富な経験や専門知識を組織に還元することがシニア人材の担う仕事の一つと位置付けることが重要だ。シニア人材の活躍の機会を増やし、主体的に取り組める環境整備のための第一歩になるだろう。

photo 図表3:技能継承の取組の内容(複数回答) 出典:厚生労働省「令和5年度能力開発基本調査」より筆者作成

まとめ

 超高齢社会の日本において、65歳以上のシニア人材の活躍なしでは持続的な経済成長は望めないだろう。そのため、シニア人材の労働参加をいかに取り込めるかが重要である。

 しかし、シニア人材を継続雇用する企業は「パフォーマンスの低さ」「モチベーションの低さ」を課題とし、活用に対する懸念を強めている。

 実際に「新たな仕事へのチャレンジ」「自律的なキャリア構築」が期待通りではないという現実がある。さらに、テクノロジーの進化による業務の変化や消滅、新しいデジタル機器に対するシニアの不安感も、企業にとって負担となるリスクを増大させるため、慎重な姿勢をとらざるを得ない現状がある。

 企業がシニア人材の労働参加を積極的に取り込むためにいまからできることとして、賃金体系などの評価制度の見直しに加え、新しい技術やスキルを習得するための支援を行うことが有益な対策だろう。

 シニア人材は豊富な経験と専門知識を持つ重要な人的資本であり、これを最大限に発揮してもらうことは企業とシニアの両者にとってメリットであることを再認識する必要がある。

 今後、労働力不足が深刻化する中で、シニア人材が持つポテンシャルを引き出すことは、日本企業の未来にとって欠かせない要素だ。 企業とシニア人材の双方にとって、より良い働き方を模索することが今後の重要な課題となるだろう。

田村 元樹

大学卒業後、2011年に大手医薬品卸売業社へ入社。在職時に政府系シンクタンクへ出向。その後、民間シンクタンクや大学の研究員、介護系ベンチャー企業の事業部長を経験。高齢者を対象に、余暇的な労働など多数の調査・研究に携わり、2024年1月から現職。専門分野は公衆衛生学・社会疫学・行動科学。

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