テレビショッピング大手、ジャパネットホールディングスのコールセンターには1日に何件ほど問い合わせがあるのか。
答えは、平均2万3500件だ。受注窓口には平均2.1万件、購入後のアフター窓口には平均2500件の問い合わせが寄せられる。年換算では合計860万件に上る(2023年分のデータから算出)。膨大な問い合わせ数にもかかわらず、受注窓口応答率は約97%を実現している(2022年実績)。
ジャパネットの取り組みは業界内での評価も高い。「コンタクトセンター・アワード 2023」のセンター表彰部門では「最優秀テクノロジー部門賞」「最優秀ストラテジー部門賞」を受賞。独自開発したシステムによる通話時間を年間6万6000時間圧縮したこと、購入後の問い合わせを年間18万件削減したことが評価につながった。
これまでは「会社の成長速度に対し体制が追い付かず、コールを取り切れない」「改善したいが、人が辞めて増えない」といった、他社同様の課題を抱えていたが、どのように改善していったのか。
コールセンター業務を運営するジャパネットコミュニケーションズ(福岡市)執行役員の菊池美緒さんに話を聞いた。
コールセンターは人材が定着しにくく離職率が高いというイメージを持っている人も少なくないだろう。近年はカスタマーハラスメントなどの理由で職場を去る事例も目にする。
「コールセンター白書2022」によると、全体の離職率は「5%以下」が47%を占めており、決して高くはない。しかし、新人オペレーターの離職率(過去1年以内に採用したオペレーターが対象)については、25%が「21〜30%以下」、21%が「31%以上」と回答しており、「5%以下」は33%に下落。半数近い企業で5人に1人が1年以内に離職していることになる。
ジャパネットコミュニケーションズも「辞めてしまう。増えない」「特に管理職が育たない」「会社の成長速度に対して体制が追い付かず、コールを取り切れない」といった課題に頭を悩ませていた。
課題解決の一手となったのが、システムの独自開発だ。きっかけは、自社で長年使用していたシステムの保守が切れるタイミングだったからだという。
「通販事業において次々に新商品、新サービスが展開される中、元々のシステムに修正・追加を続けていたのですが、機能の限界も見えてきていました。そこから、今までの問題点を解決できる新しいシステムに変えるという発想にたどり着きました」
システムの制約に合わせた画面ではなく、お客さまが受け入れやすいオペレーションかつコミュニケーターも使いやすい画面にすることで、長く使い続けられるシステムになると考え、思い切って投資したという。
開発段階では、まず、コミュニケーター経験があるプロジェクトメンバーを中心に、お客さまとのコミュニケーションにおいて苦労する点や、画面操作で「もっとこうできたらいいね」という日々の気付きを洗い出した。
その他、コミュニケーターから聞き出した、AHT(平均応対時間)や導入研修を短くできない理由、画面の使いにくさといった課題を全て解消できるよう、システムに反映させた。
受注システムを刷新する目的の一つにあった「研修期間も短くできるシステム」かどうかを検証するため、全く知識やコミュニケーター経験がない別会社のスタッフ何人かにも画面操作をしてもらったという。菊池さんは「それにより、自分たちでは気付けない想定外の発見もたくさんありました」と話す。
デザインにもこだわった。毎日使用するシステムだからこそ、作業効率とコミュニケーターの精神状態にも影響すると考え、明るく落ち着きのある色調や直感的に操作できるレイアウト、視認性の高いフォントなどを検討した。
具体的にはボタンの仕様や、使用する単語の変更だ。これまでは、クリックしなければならないボタンの位置を探し覚える必要があったが、新画面では赤ボタンは必ず押す情報確定のボタン、青ボタンは付随情報を探すボタンなど細かいルールを設定。用語も、社内用語や専門用語ではなく、新入社員でも分かるような単語に変更した。
このように「人が定着しにくい」という課題に正面から向き合ってシステムを開発した。多くの企業ではシステム刷新時に「現場で使われない」など新たな課題が出るケースも散見されるが、ジャパネットではどうだったのか。
菊池さんは「システム導入時にはスタッフから『また新しいことを覚える必要があり、大変』という声が多くありました。そのため、まずは固定概念のない新人コミュニケーターに導入、その次に変化に前向きなコミュニケーターに導入、最後に全てのコミュニケーターに導入という風にリリースの順も工夫しました」と話す。
新システムに好感を示し、変化を受けいれるスタッフが多かったという。もちろん、出して終わりではない。リリース後の反応をプロジェクトメンバーが実際に見聞きし、改善すべき点は即日変えるというスピード感で取り組んだ。
システム刷新は、新入社員の独り立ちにも一役買った。画面上に分かりやすいナビゲーションが表示されるため、その表示手順に従って進めるだけで、大部分の対応が可能になった。
「複雑な操作を必要とせず、マニュアルを参照する手間も大幅に削減できます。そのため、入社したばかりのコミュニケーターの負担を軽減し、心理的な安心感を与えることにつながっています」という。
ジャパネットコミュニケーションズのコールセンターの取り組みは、システム改修にとどまらない。同社では、商品やサービス購入後の問い合わせについても自社のコールセンターで対応している。
コミュニケーターは商品・サービスについての問い合わせ内容と解決結果(操作説明なのか、修理受付なのかなど)を履歴として登録する。その結果を集計し、商品ごとの傾向や解決策を見いだす。
コールセンター内には商品改善の専門部隊が存在し、集計内容と実際にコミュニケーターとお客さまの会話内容、返品や修理などで戻ってくる商品を基に、お客さまが迷っている原因を特定し改善案まで考える。その結果を商品レポートという形でメーカーやバイヤーに共有し、商品やサービス自体の改善を行っているという。
例えば、「電源が入らない」という問い合わせに対して、実際に預かった商品に異常がなく、説明のみで解決できている場合は、「電源が入らない」のではなく「お客さまが商品の電源のスイッチを押していない」と原因を特定をする。
それを解決するために、電源ボタンの操作方法のシールを商品に貼ったり、お客さまが操作しやすいボタンの形状に変更したりする改善をメーカーと一緒に実施しているのだ。
「ジャパネットは少品種多量販売な上、オリジナルモデルを多く取り扱っているので、メーカーさまも協力体制にあります。さらに、ジャパネットで扱うモデルだけでなく、メーカーさまが扱っている商品全般に改善点を横展開してもらうことで、メーカーさま側の負担も軽減できています」
また、通信販売の特性上、商品の出荷数やお客さまごとの出荷日などのデータも把握しているため、問い合わせ数だけでなく、問い合わせ発生率をフィードバックできるという。
「メーカーさまはエンドユーザーに行き届いた商品の正確な情報や問い合わせ発生率の把握に苦慮している場合が多いです。明確な発生率や、時には出荷日ごとの発生率など、メーカーさまでは出しにくいデータをフィードバックすることで改善のスピードを加速させられていると思います」
近年、生成AIの進化に伴い、コールセンターでもテクノロジー活用が期待されている。AIチャットボットが問い合わせに対応したり、これまでの問い合わせを分析したQ&Aを拡充したりなど、問い合わせをせずに顧客自身が解決する方法だ。
ジャパネットコミュニケーションズでは今後、どのような場面でテクノロジーの活用を広げていくのか。
菊池さんは「コミュニケーターがお客さまの悩みを的確に解決できるシステムづくりにテクノロジーを活用していきたい」と話す。具体的には、商品購入後の問い合わせ対応に使用しているシステムを受付システムと同等の機能に改善するほか、問い合わせが発生しないような商品説明や商品機能への改善をサポートできるテクノロジーの活用を目指す。
24時間365日運営のコールセンターにおいて、業務効率化は短期的にも長期的にも大きな効果をもたらす。事業を縁の下から支えるコールセンターの底力に期待したい。
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