10月初旬、内田誠社長との定例オンライン会議に参加した日産自動車の管理職らは会社の状況について説明を受けた。業績が予想より悪化しており、人員と生産能力を削減しなければならないという厳しい内容だった。
事情に詳しい関係者3人によれば、北米と中国で販売が落ち込み、収益性と財務状況が悪化しているなどとする内田社長の話に多くの幹部が耳を傾けた。質疑応答に入ると、電気自動車(EV)の先駆者として市場を切り拓いてきた日産の業績が悪化した責任について、質問が相次いだ。
ハイブリッド車(HV)が売れ行き好調な米国でなぜ日産はラインアップにないのか。なぜ最大市場の米国では日本と同じようにHVを販売し、EVへの賭けをヘッジをしなかったのか。今回の経営危機の責任は誰にあるのか――。
社長として経営を立て直そうと奔走する内田氏にとって、重くのしかかる質問だった。内田社長は11月の決算会見で、4ー9月期の純利益が前年から9割減少したこと、世界で約500万台ある生産能力の2割、従業員を9000人削減することを発表した。自身の報酬を半分返上することも明らかにした。
前出と別の関係者3人によると、内田社長は業績回復を実現するようプレッシャーにさらされており、日産の将来にとっても内田氏の将来にとっても今後数カ月が極めて重要だ、と関係者の1人は指摘する。日産を巡っては、「物言う株主」が株式を取得したことが分かっている。
さらに11月の米大統領選でトランプ氏が勝利したことが、不確実性を高めている。トランプ氏は、自動車メーカーの多くが輸出拠点としているメキシコからの輸入品に25%の関税を課すと表明している。日産はコストが低い同国での生産削減を迫られる可能性があり、関係者2人によると、トランプ氏は最悪のタイミングで登場した「ワイルドカード」(不確定要素)のような存在だという。
内田氏が社長を務めるここ数年は、そもそも自動車業界全体が地殻変動の渦中にある。EV専業メーカーが興隆するなどし、歴史ある大手はどこも影響を受けている。
フォルクスワーゲンはドイツ国内工場の閉鎖を創業以来初めて検討し、ステランティスはカルロス・タバレス最高経営責任者(CEO)が12月1日に突然退任した。ジープなどを手掛けるステランティスはタバレス氏が利幅を重視して価格が高くなり、市場シェアを失った。
一方、日産は最大市場の北米にHVを投入していないことが裏目に出て、在庫が積み上がって値引き販売を迫られた。
東海東京インテリジェンス・ラボの杉浦誠司シニアアナリストは、「今の日産の状態は人災。つまり経営の失敗」と話す。「確かに業界の動向が非常に不透明でいろいろな混乱は起きていたが、基本的には経営戦略の失敗で、それはマネジメントに責任がある」とし、「内田社長がまずやらなければならないことは次の経営陣へのバトンタッチだろう」と語る。
ロイターは業績悪化に直面する日産について、事情を知る関係者12人に取材した。冒頭のオンライン会議でのやり取りのほか、米国にHVを投入しなかった理由、生産能力・人員削減など改善計画に関する新たな情報が明らかになった。
日産広報はロイターの取材に、改善計画や内田社長の今後に関する憶測、社内会議についてはコメントしないとした。米国の関税についてはコメントするのは時期尚早で、状況を注視するという。「社長は現状に対する経営の責任を認めている」とし、日産をより筋肉質で回復力ある組織にするとともに、競争力の向上に取り組んでいるとした。自動車業界全体が中国メーカーとの競争や需要の変化など、かつてないさまざまな課題に直面しているとも指摘した。
中国事業のトップを経て内田氏が社長に就任したのは2019年。前年にカルロス・ゴーン元会長が金融商品取引法違反の容疑で逮捕され、業績も悪化した。内田体制下の5年間で日産は短期から長期まで複数の事業計画を立てたが、抜本的な回復にはいまだ至っていない。
経営体制も揺れてきた。ゴーン氏の後任となった西川廣人元社長は過剰に報酬を受け取ったことを認め、2019年に辞任。最高執行責任者(COO)のアシュワニ・グプタ氏も2023年退任し、社外取締役2人も辞任した。さらにスティーブン・マー最高財務責任者(CFO)が退任する見通しとなったとブルームバーグ・ニュースが11月末に報じている。
EV専業メーカーの米テスラや中国BYDが市場シェアを急速に拡大する中、日産は仏自動車大手ルノーとの関係見直しに多くの時間を費やしてきた。EVの旗艦モデル「アリア」をテスラの「モデルY」の対抗車種として投入したが、初期の生産問題で出遅れた。米国ではアリアを日本から輸出したため、個人に販売する場合はバイデン政権が打ち出した7500ドルの税控除対象にならなかった。
日産の2023年(暦年)の販売台数は約333万台で、過去最高だった2017年の約574万台から4割ほど減少した。同社の株価は10年弱で7割下落し、300億ドル(約4兆円)の企業価値が失われた。
2010年に世界初の量産型EV「リーフ」を発売した日産はEVの先駆者だったが、今では値引き販売で知られていると、証券会社CLSAのアナリスト、クリストファー・リクター氏は指摘する。
かつてあこがれのブランドとみられていた中国では、他の自動車メーカーと同様に市場の急速な変化についていけず、販売が大きく落ち込んだままだ。中国の消費者は先鋭的で未来的な外観を好み、日産が投入したHV「シルフィ」はガソリン車と見かけがほとんど変わらず失敗に終わったと、関係者の1人は話す。
関係者2人によると、日産にとって最大の市場である米国ではEVに注力しようとし、HVは必要ないと考えた。しかし、金利と物価が上昇する中で、EVは価格の高さと充電設備の不足がネックとなった。需要が急増したのはHVで、誤算だった。関係者の1人は、昨年まで日産はHV需要の伸長が長続きするとは思っておらず、戦略変更の必要はないと考えていたと語る。
内田社長も11月の決算会見で「言い訳にはなるが、昨年のこの時期にはこれほどまで急速にHV(の需要)が上がってくる状況は読めていなかった」と述べた。日本では2016年からHVを販売しており、米国には2025年度末までに提携相手である三菱自動車の技術を活用したスポーツ多目的車(SUV)「ローグ」のプラグインハイブリッド車を投入する。独自のHV技術「e−POWER」を搭載した次世代ローグも米国とカナダで2026年度末までに発売する。
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