では、投資した社員が「自分のスキルアップ」のためではなく、「わが社の戦力」になるにはどうしたらいいのか?
答えは、目先を見ずに、遠くを見て「基本に戻る」です。人的資本の原点であるソーシャルキャピタル=「人と人のつながり」に投資し続ける以外、打開策はありません。
社員と社員、トップと社員、上司と社員といった “社員同士のつながり”、さらには前回の記事に書いたように「就職前」の学生と「自分たちの熱い思いを学生に伝える」ことでつながり、会社組織に蜘蛛の巣のごとく、つながりへの投資網を張り巡らせることが極めて有効です。
例えば、米ヒューレッド・パッカードなどは、ソーシャル・キャピタルを経営に取り入れた企業として有名ですし、数年前に大ヒットしたリアリティ番組『アンダーカバー・ボス 社長潜入調査』のようなテレビ番組が生まれた背景にも、トップと社員のつながりを経営に生かそうとする意識の広まりがあります。
日本企業はなにかにつけ「米国の個人主義的」な戦略ばかり参考にしますが、米国が参考にするのはかつて日本企業に存在した「チーム主義」です。
ソーシャル・キャピタルの豊かな企業では、プライベートな目的の達成を気にかける個人の集団ではなく、それを越えた“組織”や“協力グループ”が生まれます。
少数精鋭の中小企業だからこそ、余計に「1+1=2」ではなく「1+1=3」「1+1=4」にする、つながり係数が肝心なのです。
社会的動物である人間は、他者とつながることで生き残ってきました。つながるとは「共感」であり、共感は相手と対面し、見つめ合う状況で生まれる感情です。
信頼感は、共に過ごし、身体を通じてしか育まれません。対面での「顔が見える関係」は、心と心を結ぶ「目に見えない力」を育みます。
誰だって「資格はとった。スキルアップもできた。もっと待遇のいい会社、もっと社会的に知られている会社に転職したい」と思うことはあるでしょう。そんな時「自分を信頼してくれる他者」の顔が浮かぶと、それが立ち止まるきっかけになる。
米国のテクノロジー企業でリモート勤務をやめて原則出社とする取り組みが相次いでいるのも、対面でのつながりがもたらす産物の大きさにトップたちが気付いたことが大きな理由です。
もちろん企業が「長期雇用」を前提としていなければ、つながりに投資したところでリターンは期待できません。「時間」と「つながり」は密接に関係していて、周囲との気の置けない信頼関係や会社への愛着は、時間がもたらす産物です。
そして、もう一つ。何より大切なのはトップ自身が自分を信じ続けることです。
手塩にかけた社員に裏切られようとも、いかなる結果になろうとも「敬意・信頼・共感」の経営の三原則を信じ続ける。ぶれることなく自分と自社を信じ続ければ、仮に「これから」という社員が辞めてしまっても、残った人たちのソーシャル・キャピタルは育まれ続けるのですから。
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)、『働かないニッポン』 (日経プレミアシリーズ) など。
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