厚生労働省が2024年9月に発表した「令和5年(2023年)人口動態統計(確定数)の概況」によると、日本人の死因の第1位は悪性新生物(腫瘍)だ。死亡数は38万2504人。死亡総数に占める割合は24.3%と、全体の約4分の1を占めており、がんの早期発見は大きな社会課題だ。
プロサッカー選手の本田圭佑が運営するファンドX&KSKは、がんの早期発見が可能な検査キットなどを開発しているスタートアップCraif(東京都文京区)に出資した。同社は尿に含まれ、がんの証拠となるマイクロRNA(miRNA)からがんのリスクを検出。がん医療の在り方を治療から予防へ変えようと奮闘している。Craifの共同創業者である小野瀨隆一CEOに、これまでの道のりを聞いた。
小野瀨隆一(おのせ・りゅういち)Craif株式会社CEO。1991年生まれ。幼少期をインドネシアと米国で過ごし、早稲田大学国際教養学部在籍時にカナダのマギル大学に交換留学。卒業後は三菱商事に入社し、米国からシェールガスを日本に輸入するLNG船事業に従事。2016年にはサイドビジネスで民泊会社を創業。2018年に三菱商事を退社し、同年Craif株式会社を創業。がんとの戦争に終止符を打つことをミッションに、生体分子の網羅的解析でがん医療の改革を目指す。2021年Forbes Asiaより「アジアを代表する30歳未満」に選出。Craifは2018年、同社の共同創業者で名古屋大学大学院工学研究科・生命分子工学の准教授だった安井隆雄氏(現東京科学大学生命理工学院教授)と、小野瀨CEOが共同創業した。
がん研究振興財団が発表した「がんの統計2023」によると男性は65.5%、女性は51.2%の割合で、生涯のうちにがんと診断されるというデータがある。早期発見ができれば根治できる確率は格段に高まるものの、がん検診の受診率は40%前後にとどまっているのが現状だ。内閣府がん対策・たばこ対策に関する世論調査(2019年7月)によると、検診を受診しない理由の最多は「受ける時間がないから」が28.9%となっている。
同社が販売している「マイシグナルシリーズ」には、予防と早期発見それぞれ2種類の検査があり、前者は、だ液または尿を検査して、どの部位ががんになりやすい体質かだったり、生活習慣から蓄積するがんリスクを知ることで、予防につなげることが可能だ。後者は、尿からがんのリスクを早期に発見するもので、特に「マイシグナル・スキャン」は、すい臓がん、乳がん、肺がん、胃がんなど最大7種類のがんを個別に評価できるという。
検査は自宅でだ液や尿を採取し、Craifに送るだけ。採血のような痛みがなく、食事制限や運動制限もないため身体的な負担はゼロだ。尿を駆使する理由は、尿中にあるmiRNAは血液中のmiRNAと比較して、組織との相関関係が高いからだ。
現在は47都道府県、800を超える医療機関で同シリーズを提供。オンラインや薬局・ドラッグストアでの販売のほか、企業の福利厚生の一環としても配布している。値段は2万4860円から6万9300円だ。
「小学生後半から中学生くらいまで、米国に住んでいました。当時はメイド・イン・ジャパンが全盛期で、日本の商品がリスペクトされていました。子どもながらに誇らしかったのを覚えています。ただ社会人になると逆になり、基本的に日本は後発で、米国や中国から遅れることが少なくありませんでした。とても悲しかった。そういった背景から起業を考えました」
もう1つのきっかけは三菱商事で働いていた時のことだ。大きなプロジェクトを任され、ビジネス的なダイナミズムに触れた。徐々に「自分で稼ぎたい」という気持ちが強くなり、副業で民泊の会社を立ち上げたのだ。全国で50〜60物件を回していた。
「Airbnbを見て、プラットフォームの存在そのものの大きさを感じました。シェアリングエコノミーを生み出したスタートアップにも勢いを感じ、起業するなら早くやろうと思い、三菱商事を辞めました」
とはいえ、どんな会社を興すのかは決めていなかった。まずは起業のテーマ探しをすることに。Craifを立ち上げた理由は、祖父母が相次いでがんに罹患したことだ。
「祖父がセカンドオピ二オンを取るのに苦労したので、医療に関するオンラインプラットフォームをやろうかと思いました。そこで、ベンチャーキャピタルANRIの鮫島昌弘さんに会いに行くと、安井先生を紹介してくれました」
その後のスピード感は、ベンチャーならではだ。「安井先生とは2018年3月27日に会いました。4月15日ごろに再び会ったときには、会社の資本比率などを決めてスタートしました。後々、安井先生に話を聞くと、当時は起業すると決めていたわけではなく、私の勢いで押し切られた感じだったそうです(苦笑)」
出資を受けたX&KSKのGPを務める本田圭佑については「出張に行く際に彼のドキュメンタリー番組を毎回見るくらい影響を受けました。私は大きなことを公言するのが好きなんですが、本田さんもまず宣言をして、どんなにたたかれても考えを貫きます。目標に向けて徹底的に行動するマインドは、私の人生のバイブルです」と話す。
出会った経緯については「私はブロックチェーンのプラットフォームであるAster Networkの渡辺創太さんと仲が良く、彼が本田さんから出資をうけていたというつながりです」という。
X&KSKが出資するかどうかのポイントは、その企業が将来、評価額100億ドル(約1兆600億円)を超える巨大未上場企業であるデカコーンになり得るかどうかだ。「要素は2つあって、チーム(組織)の強さと技術基盤の確かさです。米国のがん研究は血液やDNAが中心なのですが、私たちは尿の中のmiRNAを活用していて、技術的なところはエッジが効いている点を評価してもらいました」
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