アップルやシャネルが時代を超えて大切にする、ブランドの本質とは何か

» 2025年05月12日 07時00分 公開
[野本明利益を出すために重要な24の数式]

この記事は『利益を出すために重要な24の数式』(野本明著、日本能率協会マネジメントセンター)に掲載された内容に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。


ブランド価値を高めるためまずやること

 ブランド価値を高めるためまず行うのが原価に上乗せする利益であるマークアップを増やすことです。外から見れば類似商品より高い値付けをするということです。

 価格が高くても価値があれば売れます。でも競合商品もたくさんあるはずで、そこで価値が認められなければ「高い」となり、当然売れません。すると、いろいろな割引企画を行って実質的に払う金額を下げ、値段の高さをカバーしたり、セール時に値引をしたりして販売をせざるを得なくなります。しかしそれではせっかくマークアップを高くしても、マークダウンで帳消しになり、粗利益は計画より減ってしまいます。

 ではどうすれば高いマークアップを確保し、マークダウンをせずに売れるようになるのか。競合する同等商品より高いマークアップでも売れる場合、それはプレミアム価格と呼ばれます。通常価格に上乗せされた部分、それこそが顧客がブランドに持つ忠誠心、ブランド・ロイヤルティーによって作られる付加価値なのです。マークアップを増やすポイントはここにあります。

ten 提供:ゲッティイメージズ

ブランド価値とは粗利益率の高さ

 高いマークアップを確保してもマークダウンをせずに売れることを実践しているのがいわゆるラグジュアリーブランドです。同等商品の市場価格よりさらに高い値付けができることで高いマークアップを確保し、しかもマークダウンをせずに販売することで、大きな粗利益を得ることができます。

 一見不可能に思えることを可能にしているのがブランド・ロイヤルティーだとしたら、それを高めるために商品の開発、広告宣伝そして店舗立地や内外装から接客まであらゆる顧客接点に大きな費用と労力をつぎ込んでいる理由が理解できます。それらの費用と労力は高い粗利益となって戻ってくるのです。ブランド価値とは粗利益率の高さ。これをもっとも分かりやすく説明してくれている好例だといえます。

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 粗利益率が高いと自然に最終利益率も高くなります。ブランドを長く繁栄させる基盤は利益であり、そのために強いブランドを創り続けるという図式です。ブランドは決して抽象的なイメージのために存在するのではなく、長期的な経営戦略の中心としての存在であるべきです。

 この考え方は決してラグジュアリーブランドだけのものではありません。アップルのように量販店でもマークダウンせずに販売できる例は多くあります。ブランド価値を高めるために多くの努力もしているはずで、その結果がブランド価値を作り高い粗利益を取れるようになっているのです。

 確かにラグジュアリーブランド商品は高価であり製造数も少ないため粗利益が高くなりやすいことはあります。アパレルのようにシーズンごとにどんどん新製品が出て、しかも品数も生産量も多いとなると、粗利益を高く保つ難易度は上がります。しかしそのような商品でも高い粗利益を実現することは可能です。

ブランドを高い粗利益につなげるときの「順序」

 グローバルブランドに比べて日本企業はブランドの価値を高い粗利益につなげるという部分にはまだまだ可能性が残されていると感じます。レクサスやグランドセイコーなどのように、今までとは違ったアプローチでブランド価値を高め利益につなげることに成功するブランドがこれからも増える余地は大いにあるでしょう。

 そのためには自社のブランドではそこまで価値がないと思い込むのではなく、高い粗利益率を取るためにブランドをどうやって作るかを考えることが大切です。これによりグローバルで勝ち抜くための原資としての粗利益を稼げるようになります。

 かといって、今のマークダウンをやめればいいかというと、そうではありません。やめても売れるだけのブランド価値を作り上げながら徐々にマークアップを高め、マークダウンを抑えていくという順序が必要です。何も価値が変わらないのに粗利益が上げられるほど消費者は甘くありません。

 なお、ブランド価値というとブランドの時価総額が使われることもあります。それはあくまでもその「ブランド」ではなく「企業」の価値を示す指標の一つだと思います。ブランド価値は短期で大きく膨らんだり棄損したりするものではないからです。

ブランドの本質は創業者の世界観

 では価値のもとになる「ブランド」とは一体何なのか。実は戦略上見かけは同じに見えても、それぞれのブランド価値を支える本質の部分があります。それが創業者の魂ともいえる「世界観」です。創業者の強烈な世界観によって年月を超えて揺るぎないブランドが作られていくのです。これこそがブランドの本質であり、出発点です。

 私が初めてブランドに関わったのは米国のアウトドアブランドであるエディー・バウアーの日本上陸時でした。当時、私自身は正直言ってアウトドアやアウトドアウェアにはそれほどの関心があったわけではありませんでした。しかし会社を知るほどに、創業者であるエディー・バウアー氏の持つ世界観に強く惹(ひ)かれるようになっていきました。

 自身のサインがブランドのロゴにもなっていた創業者は、ハンティングやフィッシングはプロ級のアウトドアマンで自身のスポーツ用品店を開いた、とここまではありそうな話です。しかしその先が普通ではありませんでした。

 ある日、フィッシング旅行中に突然の雨で低体温症になりかけたことをきっかけに、米国初めてダウンジャケットを開発し特許を取得したこと、「必要なものが世の中にないなら自分で作る」という方針を貫きバドミントンのシャトルコックでも特許を取ったこと、製品の品質には絶対的な自信を持っているので業界では異例の無条件返品を掲げていたこと、その評判を聞いて米国初のエベレスト登頂隊の装備や軍のフライトスーツの供給を任されたこと……。そんな彼が作ったビジネスに参加できるなんてなんと名誉なことか、といつの間にかブランドの大ファンになっていったのです。

 そうなると同じ商品でも見え方が全く違ってきます。その裏にある創業者の世界観が一緒に見えてくるからです。そしてそのすごさが誰からも見えるように、社員にも伝達し広告やPRでもまず創業者の世界観を伝えることを第一に活動していきました。そうして社員はみなブランドの大ファンになり、やがて消費者にも伝わっていき、事業は短期間で大きく成長することができました。

 ブランドの本質たる創業者の世界観とは何か。それは「世の中の人々に何かを与えたい」という強い願望と、それを実現するための尋常ならざる努力であると言えます。この姿勢が人々の共感を呼ぶのです。世の中に広がるブランドには必ず世界観を持った創業者の存在があります。

 強い個性があるブランドや企業は、例外なくこの創業者の世界観を、時代を超えて大切にしています。シャネルはその代表例です。古い価値観から女性をの公解放するという創業者ガブリエル(ココ)・シャネルの世界観が今も息づいていて、ブランドのWebサイトでも創業者と歴史が多くの動画とともにアーカイブされています。

 アップルでもその製品を手に取るとき、創業者のスティーブ・ジョブズを思い浮かべる人は多いのではないでしょうか。だから価格は気にならず、その世界観を感じない他社の製品に目移りすることもないのです。

 日本でもホンダやソニーなど、今も企業の価値観の根底に創業者の世界観が反映されていると感じる企業は少なくありません。それをブランドの本質と認識しブランド価値の基として粗利益の源泉になるよう生かすことに、これからまだまだ可能性が残されているようにも思えます。