「のれん」の会計処理が、大きく変わるかもしれない──。そんな報道に、会計業務のさらなる複雑化を予感して憂いを覚える読者も多いのではないでしょうか。
日本経済新聞は5月27日、政府の規制改革会議が「のれん」の非償却化、あるいは償却の選択制への変更を提起したと報じました。スタートアップ企業の買収促進、ひいては日本経済の活性化がその目的とされています。
一方でこの変更が実現すると、企業の実態を適切に表すための財務諸表が信頼性を失いかねず、大きな問題であると筆者は考えます。この制度改正案は何を狙うもので、どのようなリスクと限界を持つのか、解説します。
日本経済新聞は5月27日、「M&A『のれん償却不要 企業会計、国際水準に規制改革会議 新興の成長後押し」という記事を掲載しました。
記事の概要は以下の通りです。
大きな目的は、スタートアップ企業が買収されやすくすることで、独創的なアイデアなどをもって起業する企業を増やし、日本経済を活性化することです。
日本経済を活性化させる目的には大賛成ですが、その手段として、「のれん」の償却方法に関する会計基準を短絡的に変えることには問題があります。
会計基準は、財務諸表を使って、その企業の実態を適切に表すためにあります。企業の実態とかけ離れた会計処理によって、財務諸表を利用する投資家などの間違った判断を招くような会計基準にすることは、断じて避けなければなりません。
財務諸表を利用した投資家が判断を誤ってしまえば、結果として多額の損が生じます。実態とかけ離れた財務諸表を作成する上場企業が多くなると、投資判断の重要な材料である財務諸表の信頼性は失われます。
これは、投資家の“株離れ”を招きかねず、ひいては日本の株式市場の失墜につながりかねません。最終的に日本経済の活性化どころか、沈滞する危険があります。
つまりは逆効果です。スタートアップ企業を買収する企業が計上した「のれん」について、償却をしない会計基準に改正すると、買収した企業の実態を表さなくなり、最終的に日本経済は衰退する危険があるのです。
「利益を圧迫するから非償却にすべき」というのは、利益操作的な発想と言うべきでしょう。重要なことは財務諸表がその企業の実態を適切に表すことです。
ここで問題になるのは「買収した企業の『のれん』ついて、どのような会計処理をすればその企業の実態を表す財務諸表につながるのか」ということです。
そもそも「のれん」の金額は、買収される企業の貸借対照表の純資産を上回る金額です。では買収する企業は、なぜ純資産を上回る金額のお金を出して買収するのでしょうか。その目的を整理してみます。
買収の目的を確認したところで、次に考えなければならないのは「もし買収をしないで上記目的のために支出した場合には、どのような会計処理を行うことになっているか」です。
これには、シェア拡大のためのマーケティングや広告宣伝のための支出があります。こういった支出は、たとえ次年度以降に効果があると考えられても、支出した年度の「費用」として取り扱い「資産」を計上することは認められていません。
ということは、既存市場での売り上げを拡大する目的の買収によって発生した「のれん」は、そもそも資産計上すべきではなく、全額買収した年度の費用として処理すべきではないか……という考え方ができるでしょう。
新規事業を立ち上げるために、仮に会社を設立した場合には、定款作成のための代行手数料、定款の認証手数料、設立登記のための印紙代や登録免許税などの費用などであれば「創立費勘定」で、原則は営業外費用ですが、資産計上ができます。
償却は5年以内の均等償却です。また、会社設立後から営業を始めるまでの開業準備にかかった費用は、「開業費勘定」で、原則は営業外費用ですが、資産計上ができます。こちらも償却は5年以内の均等償却です。
ということは、新規事業を立ち上げる目的で買収した際に発生した「のれん」は、原則は営業外費用ですが、資産計上ができ、償却は5年以内の均等償却にすべきではないかと考えられます。
新市場に参入する際にも、買収をしなければ会社や事業所を開設しなければなりません。
従って、新市場に参入する目的で買収した際に発生した「のれん」は、原則は営業外費用ですが、資産計上ができ、償却は5年以内の均等償却が適切であると思われます。
仕入先の事業を買収しない場合にも、新規部門を作るか、会社を設立することになるでしょう。新規部門を立ち上げるための支出は全額費用処理です。
このため、仕入先を確保する目的で買収した際に発生した「のれん」は、原則は営業外費用ですが、資産計上ができ、償却は5年以内の均等償却という対応が妥当ではないでしょうか。
最終的な顧客により近い事業活動を行うためには、直販部門を作るか、会社を設立することになります。新規部門を立ち上げるための支出は全額費用処理です。
つまり、顧客のニーズを把握する目的で買収した際に発生した「のれん」は、原則は営業外費用ですが、資産計上ができ、償却は5年以内の均等償却にすべきという論が成り立ちます。
企業買収によらず、コストダウンなどの業務効率化を行うための支出は、全額費用処理です。
業務効率化を行う目的で買収した際に発生した「のれん」は、「資産計上」せず、全額費用処理が適当と考えられます。
企業買収によらないで、人材を採用する場合の支出は、全額費用処理です。その人材が次年度以降にも活躍することが分かっていても、採用のための支出は採用した年度に全額費用として処理します。
優秀な人材を確保する目的で買収した際に発生した「のれん」は、「資産計上」せず、全額費用処理すべきではないでしょうか。
企業買収によらないで、自社の努力で知的資産などを取得した場合の支出は、無形固定資産として計上します。
技術資産や知的財産を得る目的で買収した際に発生した「のれん」は、資産計上すべきであり、また無形固定資産と同じ方法、同じ期間で償却すべきと思われます。
他の企業を救済する際、一般に貸付や出資を行うことが多いです。貸付であれば、「貸付金勘定」として資産計上し、出資であれば、「有価証券勘定」としてやはり資産計上することになります。この場合には、償却という考えが出てきません。
しかし、買収してしまうと、貸付金や有価証券とは異なり、拠出した金額は返ってきません。このことを加味すると、救済損失として買収した年度に全額費用処理すべきではないかという結論に至ります。
もし見返りのない寄付を行うのであれば、「寄付金勘定」で費用処理します。
「のれん」といってもさまざまな目的で発生し、その内容によっては、費用処理すべきではないかと考えられるものがあることが分かります。
しかし、現行の日本の会計基準では、「のれん」はその発生原因にかかわりなく全て資産計上しなければならないことになっています。そして20年以内の期間に定額償却しなければなりません。
筆者が強調しておきたいのは、さまざま目的で発生する「のれん」について、画一的に「全て資産計上すべき」「全て償却すべき」といった単純な会計基準には、大いに疑問を抱くいうことです。
「のれん」に関しては、買収の目的や性質によって、異なる会計処理を要求する会計基準を開発して然るべきでしょう。
数式不明「おばけExcel」と格闘→残業40%減! 経理“人手不足のDX”推進のカギは
経理はAIをこう使え!活用法9選 ChatGPTで財務分析レポート、NotebookLMで契約書分析
「経理のチョコザップ」は成功するか? 中小向け“経理をAIに丸投げ”市場が興隆
【27年4月】迫る新リース会計基準、経理が「今から始めるべき」8つの準備Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング