ミスの許されない業務、次々に襲いかかる法令改正──経理の仕事は過酷だ。慢性的な人手不足の中で経理組織が生き返るには、戦略的なDXしかない。上場グループ企業経理の経歴を持つライター、川満龍太郎(ペリュトン)が、経理DXの現場を取材する。
事業部で既に決まった話が、経理のもとへ変則的な頼みごととして届く。「そんなの、聞いてないよ!」と嘆きながらも、経理は対応を余儀なくされる──。
どこの会社にもあるような光景だが、学習プラットフォーム「Studyplus」を運営するスタディプラス(東京都千代田区)では、こうした事態を防ぐ仕組みを作っている。
上場を見据えながらバックオフィスのDXを推進している同社は、2018年にはクラウド会計サービスのfreeeを導入。コーポレートカードとモバイルSuicaをfreeeと連携し、経費精算業務を大幅に削減した。「情報をオープンにすること」を是とし、事業部門に対してもP/L(損益計算書)、B/S(貸借対照表)、キャッシュフローを開示している。
「オープンな経理」であることのメリットとは。「仕訳を切れれば経理」ではないと語る、その真意とは? 取締役CFOの中島花絵氏に話を聞いた。
2010年に創業した同社。30代以上にはなじみが少ないかもしれないが、中高生や20代の中では、知らない人を探す方が難しいほどの知名度を誇る。2023年度の調査では、大学受験生の62.3%が利用している学習プラットフォームを提供する。
急成長を支えるために、バックオフィスのDXが求められた。2018年に入社した中島氏がまず取り組んだのは、経費精算だ。
同社ではそれまで、内勤のエンジニアが全社員の大部分を占めていたため、そもそも経費精算の数が極端に少なかった。しかし、同年に新しく大学広告営業チームを立ち上げ、全国各地を飛び回って立替払い・経費精算をする社員が急激に増えた。経費精算に、全社で月に約150時間程度を費やしていた。
「経費精算撲滅プロジェクトを立ち上げました。会社用のスマホにモバイルSuicaを導入し、コーポレートカードとひも付けました。モバイルSuicaとコーポレートカードはfreeeと自動連携させ、電車賃やタクシー代の経費精算業務そのものをなくすことができています」
「さらに、飛行機や新幹線、ホテル宿泊などにかかる費用は全て会社からの後払いに変えるなど、運用面の工夫を加え、経費精算業務を大幅に削減しました」
スタディプラスの経理チームおよび管理部は、DXを通して実現したいビジョンが明確だった。それは、事業をよりスピーディーに進めることだ。
「仕訳を切れば経理かと言うと、そうではない。経理および管理部は、事業部がより速く前に進むためにある。自分たち経理チームも事業の一部。それが根本的なマインドセットとして大切だと考えています」
債権管理の情報を、経理が握っているという会社は多いだろう。その場合、事業部サイドが経理に問い合わせて、経理メンバーが債権情報を調べ、情報が事業部に戻されるまで相応の時間がかかる。
一方で、同社では債権管理の情報を「あくまでも事業部の情報」と考える。事業部の戦略や取引先とのリアルタイムなやりとりに対応できるよう、情報をオープンにしている。そのためには、クラウドで情報が同期されていることが鍵となる。
同社では、債権管理のみならず、事業部も含めた全社員に、P/L、B/S、キャッシュフローを開示している。給与が分からないようにするなど個人への配慮はあるものの、原則的には全ての情報を見せている。
「freeeをはじめとしたクラウドサービスを使えば、社員が個別のアカウントで情報を確認できる。また、freeeのワークフローも連携させて利用しているため、P/Lなどの月次レポートから購買申請、エビデンスまでさかのぼって確認することができることが大きなメリットです」
オープンで深い情報を基に、事業部と管理部でリアルタイムに連携を図れ、事業の前進を支える。管理部10人のうち3人の経理メンバーが、DXされた基盤の上で、事業部のスピードを支えている。
経理側にも、情報がオープンになっていることの大きな利点がある。
事業部側で全てが決まってから特殊な取り引きの話が届き、慌てて支払いなどの対応に奔走させられる──そんな“経理あるある”に覚えがないだろうか。
同社では、それが起きづらい構造を作っている。バックオフィスでfreee、事業部でSalesforceを導入し、バックオフィスと営業でお互いの情報へアクセスできるからだ。それらの情報をもとにして、事業部と管理部で事前のコミュニケーションを図っている。
「事業部がクライアントから相談を受けた内容に対し、管理部としてどんなサポートができるか。それをリアルタイムに相談できています。選択肢をいかに広げられるかが、管理部の腕の見せどころ。やはり『経理の仕事』だけで考えていたら対応はできない」
DXのポイントがここに表れている。すなわち、経理による経理のためのDXではなく、会社全体を効果的に動かすためにDXがある。
経理業務のこれからを考える上で、AIの活用は欠かせない。SaaSツールにはAIを活用した機能がすでに数多く用意されている。そしてGoogle GeminiやChatGPTなど汎用性の高いAIも普及している。
同社の活用方法は意外だった。例えば、Gemini Gemマネージャーで計算書類の校正・整合性チェックを行っている。また、Google NotebookLMの「音声概要」機能を活用し、決算の内容をラジオ形式で社員に伝えるなど、AIを業務フローのなかにうまく組み込んでいる。
重要な問題はセキュリティだ。同社はPマークを取得済みであり、上場に向けた内部統制の基準も満たす必要があるが、それらをクリアしながら積極的に活用している。
「当社ではGoogle Workspaceを使っているので、セキュリティの面でもGoogleのサービスが使いやすく、Gemini GemマネージャーやNotebookLMをよく活用しています。ChatGPTはセキュリティ面で不安があり使っていませんでしたが、社内で開発を加え、入力した内容を学習させない形にして導入しました」
「SaaSを利用する際、これから大企業でも論点になってくるのはセキュリティの観点。SOC1レポートを取得済みのSaaSであれば大手企業でも導入しやすい。freeeは当然取得済みですが、さらに別のSaaSを連携させていこうとするとそれが未取得であることがネックになるでしょう」
同社では今後、セキュリティを守りながら、Google Vidsを活用した社内動画マニュアルの整備も検討しているという。
本記事では、スタディプラスのDX事例を紹介した。難しい文章をAIでラジオ化して伝える、整合性をチェックするなどの活用法は、セキュリティさえクリアすれば他社でもすぐに再現すできるだろう。
また、何より参考にできるのは、同社の経理および管理部のマインドセットだ。DXは目的になってはいけない。DXの先に、何を見据えるべきか。そのヒントを、今回の事例から得てほしい。
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