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Mastercardが注目する「日本市場の可能性」 F1を通じ顧客接点どう変える?

» 2025年08月05日 10時50分 公開
[河嶌太郎ITmedia]

 世界的カードブランドのMastercard(マスターカード)がF1に投資している。同社は2024年7月、老舗チームのMcLaren Formula 1 Team(マクラーレン・フォーミュラ1チーム)と複数年契約のメジャースポンサー契約を締結。2025年4月に三重県の鈴鹿サーキットで開催したF1日本グランプリでは、日本では初披露となったマスターカードのシンボルとして知られる、赤と黄色の重なり合う円をカラーリングしたマシンを走らせた。

 マスターカードでは1997年以降、カード会員に体験型のプロモーションを提供する「プライスレス」キャンペーンを打ち出している。F1への出資もこの狙いがあり、マクラーレンF1チームとのスポンサー契約後、カード会員を、招待客や上客のために設けられた観戦エリアであるパドッククラブに招待する施策を実施した。

 パドッククラブ「Mastercard Priceless Lounge」ではワールドクラスの料理、アルコールやソフトドリンクなどを提供。マクラーレンF1チームのガレージやピットウォークレーンへの特別ガイドツアーの体験を提供した。

 なぜ、マスターカードはマクラーレンF1チームとのスポンサー契約を締結したのか。同社のグローバルマーケティングと広報を統括するラジャ・ラジャマナーCMOに聞いた。

Mastercardでグローバルマーケティングと広報を統括するラジャ・ラジャマナーCMO

プライスレス体験をF1ファンへ 日本市場の可能性は?

――マスターカードは2024年7月に、マクラーレンF1チームとスポンサー契約を締結しています。この理由は、貴社の強みである「プライスレス」な体験を消費者に提供したい考えからなのでしょうか。

 その通りです。私たちがマクラーレンF1チームのスポンサーを務めている理由の一つは、マスターカードが掲げるプライスレスな体験を、より多くの人々に提供したいという強い思いからきています。

 F1というスポーツは、今や世界で最も急速に成長しているスポーツで、その勢いは他のどのスポーツとも比較できないほどです。特に、Netflixで配信された『Formula 1: Drive to Survive』という番組が大きな転機となりました。この番組の放映以降、F1の人気は爆発的に高まり、世界中でフォロワーやファンが急増しています。

 注目すべきは、そのファン層の変化です。従来、F1は40〜60代の裕福な男性が中心のスポーツというイメージが強かったのですが、現在では18〜25歳といった若い世代のファンがとても増えています。

 さらに、Netflixの視聴者のうち約40%が女性であり、これはF1観戦者の約4割が女性であるデータとも一致しています。つまりF1は、今や性別や年齢を問わず幅広い層に支持されるスポーツへと進化しているのです。

 この女性ファンの存在は、私たちにとっても非常に重要です。なぜなら、家庭内での購買や決済の意思決定を担うのは多くの場合に女性であり、彼女たちにリーチすることはマスターカードのビジネスにとっても大きな意味を持つからです。F1というグローバルな舞台を通じて、私たちは女性を含む多様な層にアプローチし、ブランドの価値を伝えることができるのです。

 加えて、F1の世界では女性ドライバーの参画も進んでおり、F1アカデミーといった新たな取り組みも始まっています。これにより、将来を担う若いスターや、これまでF1と関係が薄かった人々にもスポットライトが当たるようになりました。F1の成長は単なる観客数の増加だけでなく、ファン層の多様化や新しい才能の発掘といった面でも顕著です。

 このように、F1は今や最もダイナミックで急速に成長しているスポーツであり、私たちがスポンサーシップを通じてプライスレスな体験を提供する意義はますます高まっています。マスターカードとしては、F1を通じて世界中の人々に感動や興奮を届けると同時に、ブランドとしての存在感と価値をさらに高めていきたいと考えています。

マクラーレンを選んだ理由

――数あるF1チームの中で、なぜマクラーレンを選んだのでしょうか。

 私たちがどのF1チームとスポンサーシップ契約を結ぶかを考えるとき、徹底的な分析をしました。その結果、マクラーレンは女性ファンから最も高い評価を受けているチームであり、さまざまなレーティングでもナンバーワンの位置付けでした。

 ブランドイメージの観点でも、マクラーレンF1チームは非常に優れており、私たちの価値観や目指す方向性と非常に合致していると感じました。加えて、ドライバー陣も非常に魅力的です。ランド・ノリスやオスカー・ピアストリといった才能ある若手ドライバーが在籍しており、彼らの活躍は世界中のファンを魅了しています。

 さらに、マクラーレン・レーシングのザク・ブラウンCEOは、テクニカル出身ではなく、マーケティング分野で豊富な経験を持つ方です。彼は自身でマーケティング会社を経営し、それを売却してマクラーレンに参画した経歴があり、私自身も彼と非常に良い相性を感じました。お互いのビジョンや価値観が一致し、目と目で通じ合うような信頼関係を築くことができたのも、マクラーレンを選んだ大きな理由の一つです。

 実際に、マクラーレンは今非常に良い勢いを持っています。私たちがスポンサーシップ契約を締結したのは2024年7月24日でしたが、それ以降、マクラーレンはトップ10入りを4回、5回と果たし、急速な成長を遂げています。

 2024年、マクラーレンF1チームはF1コンストラクターランキング1位を獲得し、2025年も既にオーストラリア・メルボルンや中国・上海のレースで勝利を収めています。8月のハンガリー・グランプリ(GP)でも再び1、2位をマクラーレン勢が占め、通算200勝目をもたらすなど、その勢いは明らかに加速しています。このような勢いのあるチームとパートナーシップを組めて、私たちも非常に誇りに思っています。

――マスターカードはF1で、どのようなプライスレスな体験を提供しているのでしょうか。

 スポンサーシップの考え方としては、この契約を通じてプライスレスな体験、つまりお金では買えない特別な体験をカスタマーに提供していくことが目的です。

 例えば、パドッククラブでは実際にドライバーと会ってサインをもらったり、Tシャツやヘルメット、マシンに私たちのロゴが入っている様子を間近で見たり、マクラーレンF1チームのCEOにも会える体験を提供しています。ガレージやピットストップに足を運び、1.3秒や1.6秒という短時間でタイヤが交換される瞬間を目の当たりにすることもできます。こうした体験は、通常の観戦では決して味わえない、スポンサーシップならではの貴重なものです。

 また、レーススタート地点にあるグランドスタンドで座席を用意し、レースの臨場感を存分に味わえるようにしています。私たちがこのスポンサーシップを始めてからまだ4カ月ほどですが、すでに非常に大きな反響があり、まさにスーパーヒットとなっています。今後もマクラーレンとともに、より多くのプライスレスな体験を世界中のF1ファンに届けていきたいと考えています

――その反響について、具体的な数字やデータなどはありますか。

 リアクションとしては本当に素晴らしいものがあります。日本国内のデータは現時点では用意できませんが、他国での反応を示す事例や情報は紹介できます。

 例えば、3月23日の上海グランプリの日曜日に開催したイベントでは、バスケットボール選手のヤオ・ミンさんがサプライズゲストとして私たちのラウンジを訪れ、われわれのカスタマーと交流しました。ラスベガスのイベントでも、歌手のジョン・レジェンドさんがサプライズで登場し、大きな話題となりました。

日本市場の独自性と差別化戦略

――ラジャCMOは、日本市場をどのように見ていますか。

 日本市場は非常に独自性の高い市場だと考えています。伝統や文化的遺産が色濃く残る一方で、科学や技術の面で非常に洗練しています。ソニーやパナソニック、トヨタ、ホンダ、日産など、世界を代表する最先端のエレクトロニクス企業や自動車メーカーが存在しています。日本は技術的に非常に高度で力強い国であり、経済規模としても世界第4位という大きなマーケットです。

 加えて、日本のクレジットカード市場はJCB、ダイナース、ビザ、マスターカードなど多くのブランドが競い合う非常に競争の激しい市場です。このような競争環境は私たちにとっても大きな魅力であり、挑戦しがいのあるフィールドだと考えています。

 さらに、日本発のユースカルチャーが世界に広がっている点も見逃せません。例えばプレイステーションなどが象徴するゲーミング分野のように、日本から生まれる若者文化は世界中に影響を与えています。日本文化は幅広く、独自性に富んでおり、私たちに多くのインスピレーションやビジネスチャンスを与えています。

 これらの理由から、私は日本市場を非常にエキサイティングで機会に満ちた市場だと見ています。法人の顧客にも個人の消費者にも、マスターカードとして素晴らしい価値を提供できる、多くの可能性を秘めたマーケットだと確信しています。

――カードブランドがひしめきあう日本市場の中で、マスターカードはどうやって差別化していきますか。

 私たちは、何よりもまず「体験」に重きを置いています。多くの決済会社や他業界の企業は、広告主導のマーケティングを展開していますが、私たちはこれとは一線を画し、体験主導の戦略を採用しています。この方針のもとで、私たちが目指しているのはプライスレス、すなわちお金では買えない価値をカスタマーに提供することです。ここが最大の差別化ポイントだと考えています。

 さらに、私たちは「クオンタム(量子)マーケティング」を実践していることも大きな特徴です。クオンタムマーケティングとは、AIや新しいテクノロジー、メディア、そして消費者インサイトを駆使し、従来の枠組みを超えたマーケティングを展開するものです。

 特にマルチセンソリーマーケティング、つまり視覚、聴覚、触覚など複数の感覚に訴えかける手法を積極的に取り入れています。例えば、ブランドロゴをシンボルだけにしたり、決済時に流れる独自のサウンドを世界中で展開したりと、五感を刺激するブランディングを強化しています。また、脳科学や行動科学の知見を活用し、人々の感情や行動に深く働きかけるマーケティングも実践しています。

 こうした体験重視の姿勢と、最先端のマーケティング理論・テクノロジーの融合こそが、マスターカード最大の差別化要因だと自負しています。

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