CX Experts

“当たり前”に囚われない商品開発、どう実現? ヒット商品に共通する3つのキーワード“掛け算”で強くする会社経営

» 2025年08月06日 06時00分 公開

中川 悠(なかがわ・ゆう)

株式会社博報堂 クリエイティブ局 部長/ヒット習慣メーカーズ リーダー/エグゼクティブクリエイティブディレクター

広告のみならず、事業、商品、デジタルサービスと領域を超えて得意先に寄り添い、企画を考え、カタチにする支援をしている。


 生活者価値起点の顧客体験をデザインする博報堂のクリエイティブチーム「HAKUHODO CX FORCE」がお届けする本連載。

 第4回テーマは「商品開発×CX」。商品開発においては、単にプロダクトを開発するのではなく、中長期的な顧客との関係性も含めて商品開発をすることが重要になってきました。そのためには“今”の顧客だけでなく“未来”の顧客のニーズまで妄想することが必要になってきます。今回は、そのような観点を踏まえた商品開発のメソッドを紹介します。

 売れる新商品を生み出すのが、きわめて難しい時代になったと感じています。

 その大きな要因としては、すでに多くの生活課題に対応する商品があるなかで、「差別化」という名のもと、対応済みの課題の隙間をぬった、やや無理のある商品を生み出すフローになってしまっているからです。いいアイデアを思い付いたと思っても、すでに他社が着手してしまっていて、社内のキーマンからNGを突き付けられる……。そんなケースも多いのではないでしょうか?

 このような背景もあり、私のところにも、クライアントからの相談が寄せられる機会も増えています。しかし、そんな私自身も時には、「もうこんなに世の中に商品があふれているのだから、新しい商品を生活者は求めていないのではないか……?」とつい弱気になることがあります。

 とはいえ、世の中を見渡すと、難しい環境にありながら、見事に市場に風穴を開けて、ヒットをさせている新商品が日々生まれている。本当にすごいことです。そんな、現代のヒット商品を見渡すと、そこには意外な“共通項”が浮かび上がってきます。そのあたりを紐解きながら、商品開発のヒントを探っていきたいと思います。

 キーワードは以下の3つです。

(1)「クリティカルシンキング」で課題を捉え直そう

(2)「体験発想」で商品を設計しよう

(3)「本能スイッチ」を押そう

(1)「クリティカルシンキング」で課題を捉え直そう

 クリティカルシンキングという言葉をご存じでしょうか? 直訳すると批判的思考法です。

 “〇〇シンキング”という言葉は、デザインシンキング、アートシンキングなどが有名ですね。これらは、「左脳的な発想に対して、もっと右脳を使おう」というのが論旨かと思いますが、クリティカルシンキングはそれとはちょっと違います。

 例えば、ビールの新商品をつくるというお題があったときに、よくあるのは、「じゃあ、ビールユーザーに調査をかけて、課題を見いだそう」というもの。そうすると、冒頭にお話ししたように、対応済みの課題の隙間をぬった小さな課題が出てきて、それを具体的な商品に落とすことで結果的にニッチな商品が生まれてしまいます。そうではなくて、「そもそも今の時代におけるビールの存在意義ってなんだっけ?」とか、「主力のビールブランドって何十年も前に生まれたものが多いけど、時代は変わっているのになぜ?」のような、少し俯瞰的な目線から現在の市場や社会を捉えて、生活者も気付いていない新たな課題を見いだすアプローチ。それが、クリティカルシンキングです。

 「そもそもみんなが土日に合わせて休む必要あるんだっけ?」「そもそも一日3食である必要あるんだっけ?」「そもそも髪って毎日洗った方がいいんだっけ?」などと、みんなが当たり前と思い込んでいる固定観念らしきものを、ちょっと意地悪な目線で疑ってみるということでもあります。

 とはいえ、私自身もすぐに常識の枠にとらわれがちなので、意識してそれを外すべくやっている、とある訓練があります。それは「町の変な人」を見つけることです。例えば、ひと昔前は、一人で焼肉に行く人はかなりチャレンジャーでしたが、今は一人焼肉専門店も生まれて、別に違和感がなくなりました。つまり、「町の変な人」は、言うならば常識を超えたイノベーター。もっというと“未来人”なのかもしれないのです。

 私が最近見つけた「町の変な人」は、電車の中で手芸をする女性、平日昼間のファミレスでゲーム機で対戦する会社員、歩きながら缶チューハイをストローで飲む大学生、犬に傘をさして自分はずぶ濡れのおばさまなどです。一見、高尚で難しそうなクリティカルシンキングですが、町の景色を眺めるだけで、新しいヒントが転がっているかもしれません。

(2)「体験発想」で商品を設計しよう

 商品開発のプロジェクトでメーカーの方と議論していると、どうしても素材や技術などに話が寄りがちです。また、ユーザー起点で考えようとしても、ふわっとしたコンセプトにとどまるケースも少なくありません。いわゆる「解像度が低い」という状況です。

 商品開発において、解像度を高めるには、具体的な体験イメージまで落とし込む必要があります。どんな人が、どんなシーンで、どんな手順で体験を行うか? を妄想しておくことが大事です。

 それを考える際のフレームとして、私は「習慣化ループ」というのを使っています。商品を一回使って終わりではなく、使い続けてもらうために、どんな体験ループを実践してもらうか? を検討します。

 図のように、体験を行う「きっかけ」「ルーチン」「報酬」を描きます。

(出所:博報堂)

 例えば、歯磨き粉の場合はこんな感じです。

  • きっかけ=朝起きたときに、歯がヌルヌルする
  • ルーチン=チューブから歯磨き粉を付けて歯ブラシで磨く
  • 報酬=歯がきれいで健康になる

 ちなみに、この歯を磨く体験はもう100年ほど前から同じ習慣化ループで続いていて、習慣の力ってすごいなと感じます。時代の変化を加味して、クリティカル思考で課題を捉え直して、あらためてループを描いてみたら、違う体験が生み出せるかもしれませんね。

 「きっかけ」や「ルーチン」にはコツもあります。「きっかけ」は朝昼夜などの時間帯、何かの習慣をしたときのオントップ(シャンプーの後にコンディショナーとか)、ストレスを感じたときなどの心理状況、電車に乗ったときなどの場所の視点など、体験が発動するスイッチを想定しておくといいでしょう。またルーチンは、「安近短」と覚えておくといいでしょう。一回当たりのコストが安く、アクセスしやすく、サクっと終わるものが継続しやすい──です。

 解像度高く体験を妄想して、そこから具体的なスペックに落とし込んでいく。これがポイントになります。

(3)「本能スイッチ」を押そう

 最後に、「本能スイッチ」についてお話しします。

 これは「商品開発×CX」においてかなり大事な要素です。人は、知性で買って、本能で使い続けているからです。

 例えば、先ほど事例にあげた歯磨き粉について考えてみてください。歯を磨く理屈的な理由は「歯が美しく健康になる」ことです。しかし、一回磨いただけで、それを顕著に実感できるでしょうか? 実際に、100年ほど前に歯磨き粉が普及する前にも、歯磨き粉的なものはあったようですが、広がりませんでした。

 何が変わったのかというと「味」です。あの「ミントの味」。それによって、本能的に、きれいになった感じ、健康を維持できている感じが“演出”できたのです。つまり、歯磨き粉を使い続けているのは、「ミントの味」が本能を刺激する「本能スイッチ」となっているからなのです。

 これほど重要な要素なのに、商品開発においてはつい理屈優先となって、本能を刺激する要素についての議論を怠りがちです。

 ちなみに、ヒットし続けている商品を眺めてみると、実に巧みな「本能スイッチ」が組み込まれています。生ビールからのスイッチを狙ったハイボールは、あえて「ジョッキ」で提供しました。シャンパンは泡立ちによって高揚感を高めるべく、あえて「グラスの底に傷」をつけています。スティック掃除機は、あえて「ゴミを外から見せる」ことによって達成感を演出しました。このように事例をあげればキリがありません。「なんかいい感じの商品企画ができた!」と思ったら、その中にちゃんと「本能スイッチ」が組み込まれているか、もう一度指差し確認すると、ヒットの確率がきっと高まるはずです。

 さてここまで、「商品開発×CX」という視点でご紹介しましたが、いかがだったでしょうか?

 常識の枠を越えたマクロな視点と、解像度高く体験に落とし込むミクロな視点を駆使して、ぜひ、社会にいい裏切りを与えるヒット商品を生み出していってください。

 本連載の最後となる次回第5回では、「生成AI×CX」をテーマに、効率化や最適化の道具としてのAI活用ではなく、よりよい顧客体験を生み出すためにAIを活用する私たち博報堂の取り組みについて具体的に紹介いたします。最後までどうぞご期待ください。

中川 悠(なかがわ・ゆう)

株式会社博報堂 クリエイティブ局 部長/ヒット習慣メーカーズ リーダー/エグゼクティブクリエイティブディレクター

大学卒業後、メーカーのエンジニアとして携帯電話の開発に携わった後、2008年に博報堂入社。現在は、ECDとして、広告のみならず、事業、商品、デジタルサービスと領域を超えて得意先に寄り添い、企画を考え、カタチにする支援をしている。習慣づくりを強みとする「ヒット習慣メーカーズ」を立ち上げ、「カイタイ新書」「本能スイッチ」を出版。最近では、クリティカル思考で、新しい都市生活の豊かさを実装する「New Urban Guerrilla」を立ち上げた。

ヒット習慣メーカーズによる「ヒット習慣予報」:https://www.hakuhodo.co.jp/magazine/series/hit-shukan/


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ

SaaS最新情報 by ITセレクトPR
あなたにおすすめの記事PR