学習eポータルは、文部科学省のCBTシステム「MEXCBT」へのアクセス窓口として、全国学力・学習調査の一部CBT化を機に普及が進んでいる。しかし、公的・民間サービスの線引きのあいまいさから、不均衡なビジネスモデルを生み出し、EdTech事業者間の公平な競争環境を阻害しているのではないかと問題視されている。
プログラミング教材を提供するライフイズテック(東京都港区)の讃井康智取締役CEAIO(最高AI教育責任者)は、2024年9月に文部科学省の「教育データの利活用に関する有識者会議(第25回)」の委員として学習eポータルのデータ利活用に関する課題を指摘した。EdTech事業者から見た今の学習eポータルと教育データ利活用に向け本質的に議論すべき課題について尋ねた。
――現在の学習eポータルにはどのような問題がありますか?
一番の問題は、自治体や学校が広く自由に教材・EdTechを選べなくなる状況になりつつあることです。これまではGIGAスクール構想の目的にもあるように「多様な子どもたちを誰一人取り残すことなく、公正に個別最適化され、資質・能力が一層確実に育成できる教育環境を実現する」ために、多様な教材やEdTechを自治体・学校は広く自由に選択できてきました。
いわゆる「学習eポータル」は、2021年に文部科学省がCBTシステム(※編集注1)の接続窓口として導入を実施上課したことで自治体に普及しましたが、その影響がCBT接続機能の枠を超えて教育産業界に波及しており、学習eポータルに技術面・ビジネス面で適合しない教材・EdTechが自治体採用から除外されていくという予期せぬ方向に進んでいます。
※編集注1)文部科学省CBTシステム(MEXCBT)をさす。同省の説明では、児童生徒が学校や家庭において、国や地方自治体などの公的機関などが作成した問題を活用し、オンライン上で学習やアセスメントができる公的CBT(Computer Based Testing)プラットフォームと定義しており、実際に全国学力・学習状況調査などで活用されている。
その背景に、当時の文部科学省が学習eポータルの役割と定義、その際の公的機関と民間との責任分界点を整理しないまま民間主導で自治体への普及活動が進んでしまったことがあると考えています。(※編集注2)
※編集注2)讃井氏が参加した、教育データの利活用に関する有識者会議の報告書によると、現状の学習eポータルとMEXCBTの接続状況について、以下(1)〜(3)のように整理している。
(1)文部科学省が現状、全国学力・学習状況調査に参加する自治体などは、同調査で活用する予定の文部科学省CBTシステム(MEXCBT)と、MEXCBTへのアクセス機能を持つ学習eポータルに登録することが必要となっている。
(2)学習eポータルには、文部科学省が運用費を負担し、必要最低限の機能であるMEXCBTへのアクセス機能を持つ「実証用学習eポータル」と、民間企業が創意工夫を行い、独自の機能も含めて実装している「民間学習eポータル」がある。どちらを利用するかについては、各自治体などが実態やニーズに合わせて選択可能であるが、これらにより、MEXCBTを利用できる環境は整えられている。
(3)また、その他のさまざまな学習リソースについては、自治体などにおいて、活用の要否も含め自由に選択することとなっており、実態も多様である。また、MEXCBT以外のさまざまな学習リソースを活用する場合に学習eポータルを経由するか否かについても、各自治体などが実態やニーズに合わせて選択をすることが可能である。
MM総研は各所への取材を通じ、MEXCBTへの接続は政府が提供する「実証用学習eポータル」を活用すれば無償で民間の学習eポータルを経由せずとも利用可能だが、特定の民間学習eポータル事業者がCBT接続に加え、データ可視化や学習リソースのハブ提供などの独自機能を盛り込んだポータルを「無償」で自治体に売り込んだことで、結果EdTech事業者との軋轢が生まれていると整理している。連載第6回で登場した高谷氏(文部科学省 文科審議官、当時)がインタビュー内で指摘した通り、特定の先行する民間学習eポータル事業者がEdTech事業者への登録料や利用料を運用原資とするビジネスモデルになりつつあることで、結果としてデータ利活用を進めるエコシステムが形成されず、ポータル事業者とEdTech事業者の間に溝が生まれてしまっているという問題である。
実際に、教育現場にも影響が出始めています。GIGAスクール構想が始まった2020年から2024年ころまでは、各自治体や学校で教材・EdTechを調達する際、それらの学習内容や利便性などが公募条件で重視されてきました。しかし、最近は特定の「民間」学習eポータルへの接続を必須とする公募条件を提示する自治体も出てきています。そのため、特定の民間学習eポータルに技術面・ビジネス面で適合できない教材・EdTechは泣く泣く公募を辞退する、あるいは応募しても評価で劣後して採択されないといったことも起きています。
技術面では、教育産業の業界団体内でEdTech事業者への意見聴取が乏しいまま接続標準規格を定めてしまい、データ連携がうまく進まないなど、接続する側のEdTech事業者に追加開発負担がでています。ビジネス面では接続やeポータルを介した教材の利用に手数料を設けるという話も出ています。
結果として、学校現場で利用できる教材・EdTechの選択肢が限定され、子どもたちの学習体験の多様性が損なわれつつあると考えています。これは多様な学びの選択肢を子どもたちに提供しようとしたGIGAスクール構想の思想とは真逆の事態です。
――なぜ、このような構造が生まれたのでしょう?
文部科学省が学習eポータルの全国普及を推進する過程で、教育産業界とどのような役割分担で連携していくか整理がされてこなかったことが大きいと思います。文部科学省は、全国学力・学習状況調査を担うMEXCBTの入口機能の普及のため学習eポータルを公的なシステムとして全国に必須で普及させてきました。
しかし、MEXCBT接続を全国に広げる過程で、民間学習eポータルは公的サービスに位置付けられるMEXCBT接続機能と民間競争領域であるその他の学習ポータル機能の多くをセットにして、自治体に無償で提供する方式を採用しました。無償ですので普及は進みましたが、民間学習eポータルは、普及が進むほど後から運用費用を市場から確保しなければなりません。その結果、最終的にEdTech事業者にしわ寄せがくる構造となってしまっています。
――民間競争領域では必要に応じ経済産業省がルールメイクや支援を考える立場ですが、教育界において公的・民間サービスの役割分担や連携を整理できていない以上、なかなか手を出しにくいですね。
民間学習eポータルを提供している事業者も難しい立場となっています。MEXCBTの入口機能を提供しているにも関わらず、民間学習eポータル事業者に対して国からの費用支払いはありません(国が運営する実証用学習eポータルは除く)。そうすると民間学習eポータルの費用は、直接の受益者である自治体に負担していただくことが自然だと思いますが、その便益を現時点では感じづらいためか、費用負担が進んでいません。
そこで、民間学習eポータルを継続していくために、誰かに費用負担させないといけないとなり、ターゲットにされたのが中小の教材・EdTech事業者です。教材・EdTech事業者が学校にデジタル教材を提供する際には、学習eポータル事業者へ手数料を支払う必要があるとされ、その要求額はEdTech事業者の売り上げの30%に及ぶこともあります。これは事業を継続できなくなるほどの大きなインパクトです。
学習eポータルから何の便益も得られないばかりか、むしろデータ提供のコストを負担している教材・EdTech事業者が、学習eポータルの費用を負担するという構造は、あまりに理不尽です。しかしながら、学習eポータルは大手2社でシェアの8割を占める寡占状態です。大手の学習eポータル事業者がその優越的な地位を用いて、本来の受益者ではない教材・EdTech事業者に高額な接続手数料を要求。もし要求を飲まないと接続を拒否することがあれば、それは独占禁止法上の優越的地位の濫用に当たるのではないかという指摘もあります。
――政府はこの問題をどう捉えているのでしょうか?
自民党・デジタル社会推進本部(※3)が5月に発表した「デジタルニッポン2025」でこの問題が取り上げられています。具体的には教育データ標準化に関する指針の中で「特定の事業者のポータルを選択した場合に利用可能な学習リソースが制限されることによって、自治体などの選択肢が狭まり兼ねないとの懸念がある」「実質的な寡占状態の中で、学習eポータル事業者が学習リソースとの取引価格などをコントロールしやすい構造が指摘されており、健全な競争環境の確保が課題となっている」と課題を提起しています。
文中では「公正取引委員会とも協力しながら実態調査をおこない、競争政策上不適切な行為が行われている恐れがある場合は、独禁法に基づく措置も含めた是正が必要」としており、実際に公正取引委員会が関係者へのヒアリングに動いています。教育データ利活用を推進するうえで現状の学習eポータルのビジネスモデルは大きな問題があると政府・与党も認識しているのではないでしょうか。
※編集注3) 初代デジタル庁大臣の平井卓也衆院議員が本部長をつとめている自民党のデジタル政策提言組織。「デジタルニッポン2025」データ戦略資料の31ページから33ページに本件に関する現状認識と課題を指摘している。
――学習eポータルには、データ利活用を進めるための基盤としての役割もあります。学習eポータルは、データ連携の面でも課題がありますか。
これまでも標準化の議論は進んできましたが、実運用を考えた時には課題が残っています。
学習eポータルを提供する事業者が複数ある中で、各事業者間で接続の仕様に差異があり、教材・EdTech事業者は各仕様に対応するための時間や費用を多重に要しています。
さらに、データ連携の仕組みが民間企業で一般的に利用されているデータ可視化(BI)ツールと比べると複雑で、対応するための開発が必要だったり、デジタル教材を自治体に導入する際にはその都度、学習eポータル事業者とのやり取りが発生したりするなど、全体的に接続や調整の手間がかかりすぎる構造になっています。
また、データの接続をしても必要な情報が十分得られない、個別ユーザーの識別ができなくなりカスタマーサポートに悪影響が出ているなど、実運用上の課題はまだ多くあります。ただ、これらの課題を抽出し、きちんと向き合っていけば、技術面での標準化は日々前進していけるのではないかと考えています。
――教育データ利活用そのものについては、どのように考えていますか?
適切な教育データ利活用は、教育の質向上に貢献すると考えています。実際に、弊社のプログラミング教材「ライフイズテックレッスン」を用いた事例でも、生徒の学習進捗を先生が把握することで声掛けの仕方が変わったり、授業の説明内容を変えたりするといったことはしばしばあります。また、端末持ち帰り学習で自発的に学習を進めた生徒を教員が見つけ、将来の進路としてIT業界や関連学部を薦める助言につながったという話もありました。これは、データから子どもの得意分野や興味が見えたことで、教師が子どもの潜在能力を認識した好事例と言えるでしょう。また、教育委員会が各学校の授業進捗をデータで確認できるようになったことで、各学校に対しての支援を最適化できたという話もあります。
しかし、現在の教育データ利活用の議論では、「ダッシュボード」の話ばかりが先行していることを危惧しています。目的を明確にした上で、目的達成に必要な指標を定め、指標に関わるデータに絞って整理し、視覚的に理解しやすいようにしたダッシュボード構築には意義があると思っています。目的も中間指標もあいまいなまま、漠然と複数のアプリなどから抽出したデータを総花的に可視化するだけでは単なる数字の羅列に終わってしまいます。データ利活用はあくまで目的ありきです。目的に対して必要なデータを持ってきて、指標や基準を決めて日々データを見ながらPDCAを回していくことが重要です。ただデータを並べるだけでは、時間ばかりかかり、有意義なデータ利活用にはならないと思います。
これを避けるためには、例えば「心の健康観察」に関するデータや英語・プログラミングの学習データなど、学校現場の先生方にとって馴染(なじ)みがあり、特定の領域に特化した小規模なデータから活用を始めることが有効だと考えています。目的が明確で、何より個々のデータが持つ意味を先生方が理解しやすいからです。こうした生きたデータの利活用で成功体験を積み重ねることで、教育委員会・学校関係者の間でデータ利活用の有効性がより浸透していくことを期待しています。
――データ利活用を促進するために、学習eポータルはどうあるべきだとお考えですか?
接続の簡易化・低コスト化に尽きます。データ利活用を推進したいのに、学習eポータルがそのネックになっていたら本末転倒です。
民間企業がBIツールを利用していて個別のアプリケーションベンダーとのデータ接続を希望する度に、BIツールベンダーとも調整が必要になることはありません。また、データ提供元のアプリケーションと接続するごとに接続手数料がかかることもありません。説明書に基づいてユーザー各社でBIツールに接続するのと同様に、教育分野でも、ユーザーである自治体が各アプリケーションからAPI連携やCSVでのデータ出力を行い、学習eポータルと簡単に連携できるようにする仕組みが理想的です。接続にあたっての不必要な手間やコストを削減し、データ利活用が普及しやすくなるエコシステムを作ることは重要な課題です。
――学習eポータルのビジネスモデルについては、どうあるべきだとお考えですか?
どうしたらこれまで通り「自治体・学校は、多様な教材やEdTechを広く自由に選択することができる」のでしょうか。学習eポータルが特定の教材やEdTechを排除する、あるいは逆に優遇する必要がないビジネスモデルであれば良いと考えます。
まず、学習eポータル機能のうち、全国学力・学習状況調査の入口を兼ねる公的なシステムであるMEXCBTに接続する機能は、国として予算面で責任を持つべきではないかと考えます。あわせて、学習eポータルが提供するその他の機能について、基本は受益者負担と考えつつ、教育産業界との分解点については、国の責任で整理すべきと考えます。
そのうえで受益者である自治体が学習eポータルに利用料を支払うというのが一番自然な形だと思いますが、自治体が学習eポータルの費用負担に意味を感じるような機能開発と同時に、国が自治体に対して財政的な支援をすることも現時点では必要だと思います。逆に、接続にあたって教材・EdTech事業者に対して課金するモデルは、優越的地位を濫用しない限りは成立しえないでしょう。便益を得られないものにお金を払う企業はありません。
いずれにせよ学習eポータルのビジネスモデルの問題は、教育データ利活用を推進していく上での最重要課題です。今回の有識者会議のまとめにおいても「適正な取引を定めていくことが必要だ」と明記されたことは、これまで取引に関する問題に言及がなかった状況からの大きな前進でした。文部科学省が主導し、健全なエコシステムとなるよう取り決めをしていくことが必要です。
――健全なエコシステムの構築に向け、文部科学省や政府に対して、どのような役割を期待しますか?
一番大事なことは目的に立ち返ることです。冒頭でも触れましたが、文部科学省はGIGAスクール構想により「多様な子どもたちを誰一人取り残すことなく、公正に個別最適化され、資質・能力が一層確実に育成できる教育環境を実現する」ことを目指してきました。手段の一つに過ぎない学習eポータルによって、理想とする教育環境から遠ざかってしまうことは絶対に避けなければいけません。
現状では、文部科学省がプロジェクトマネージャーとして、より慎重なプロセスでデータ標準化の検討を主導することが望まれます。民間で使われているBIツールの規格を再度参照しながら、これまでのヒアリングでは十分に取り上げられていない関係者を含め、再度意見を収集し、現場で生じているさまざまな問題を抽出・整理してほしいと思います。それらを集約した上で最終的な標準規格を決定し、実証などを通じて改善もしていくような、より丁寧なプロセスが求められています。
GIGAスクール構想が文部科学省の強力なリーダーシップのもとで全国共通に推進され成功を収めつつあるように、データ利活用における環境整備も同様に、全国共通で国が推進してほしいと思います。学校や地域を超えても児童・生徒が自分の学習データを活用できるようにするためにも、民間企業や自治体の自助努力の領域と国が主導する領域を時々の市場課題を見ながら整理し、持続可能で公正な運用ルールづくりを主導していくべきです。
最後に、国ではありませんが、自治体の判断も重要です。学習eポータルとの接続を優先するあまり、学校で使える教材・EdTechが限定されたり、学習内容や利便性よりも特定の学習eポータルとの接続性の方が優先されたりすることは、子どもたちの学習可能性の幅を考えれば避けるべきです。多様な学び・個別最適な学びの実現とデータ利活用を両立できるようなデータ連携の方法、そして教材・EdTechの調達を考えてほしいと思います。
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