「決算書のようなかつての実績で評価するのではなく、今のビジネスの実態をしっかり見てほしい」――。中小企業経営者からのこうした声に応える新たな金融サービスがこの夏、産声を上げた。池田泉州ホールディングス傘下の01Bank(大阪府吹田市、伊東眞幸社長)は、SaaS事業者と連携し、企業の利用データを融資審査に活用するデジタルバンク事業を7月28日に開業した。
決算書を必要とせず、オンラインで完結する「最短当日融資」で、従来の銀行業界の常識を覆す試みである。開業時点で20社のSaaS事業者と連携し、中小事業者の資金調達の在り方を変えようとしている。
01Bankの構想は2024年2月の設立発表から始まった。大阪・兵庫を地盤とする地方銀行グループの池田泉州ホールディングスが2月28日に銀行免許を取得し、約5カ月の準備期間を経て今回のサービス開始に至った。
開業時は法人顧客を対象とし、融資額は10万円以上1000万円以内の無担保融資を提供する。融資期間は最長1年で、保証人や担保は不要だ。金利は一律ではなく、顧客の信用リスクに見合った水準を個別に設定する仕組みとする。
同社が狙うのは、中小事業者が従来の銀行融資で直面する「3つの面倒」の解消だ。決算書などの資料準備の煩わしさ、忙しくて銀行に出向く時間がない現実、そして審査に時間がかかりすぎる問題である。「必要な時にスムーズに借り入れをしたい」「過去の実績ではなく今の活動実態で評価してほしい」との顧客ニーズが、同社のサービス開発を後押しした。
従来の銀行融資との最大の違いは、顧客が普段利用するSaaSサービスのWebサイト上のバナーから同行にアクセスし、決算書の提出なしにオンラインで融資を申し込める点だ。「データを活用することで、決算書不要、オンライン完結、最短当日借り入れを実現した」と大塚篤史副社長は話す。親会社となる池田泉州ホールディングスの坂口博人社長は「これまでの銀行業務の延長ではなく、まさにゼロからイチを生み出す創造の銀行として、思い切ったチャレンジに取り組む」と意気込みを示している。
01Bankの革新性は、従来の「過去の決算書」に代わって「今のビジネス活動」をリアルタイムで評価する点にある。同行が連携するのは、クラウドファンディング事業のマクアケ、在庫管理SaaSのZaico、会計ソフトのfreeeなど20社のプラットフォーマーだ。
01Bankが開業時に連携する20社のプラットフォーマー。営業・販路拡大、人材、生産・製造、財務、業務・バックオフィス、その他の6分野にわたり、マクアケ、freee、チャットワーク、クラウドワークスなど多様なSaaS事業者と提携している「SaaSを活用している中小事業者のデータは、ビジネスの中で生み出された『結果』であり、その実態を可視化できる貴重なもの」と伊東社長は説明する。例えばマクアケの場合、クラウドファンディングで集まった金額や支援者数、プロジェクト実施中のポジティブ・ネガティブなコメント数、活動レポート数などのデータを提供する。これらは事業者が日常的にビジネスで使用する中で自然に蓄積されるため、高い信頼性を持つという。
同行はこうしたSaaSデータと顧客のメインバンクの入出金データを組み合わせて総合的に審査する。将来的にはAIによる独自の審査モデル構築も視野に入れており、金融業界に新たな評価軸を持ち込む構えだ。
01Bankは中小事業者、SaaS事業者(プラットフォーマー)、同行の「3つのつながり」でエコシステムを構築する。中小事業者は普段利用するSaaSのサイトから融資を申し込み、同行はSaaSデータと入出金データを組み合わせて審査する01Bankが着目するのは、中小企業のDXが急速に進む中で生まれた新たな融資市場だ。2025年版中小企業白書によると、中小事業者が直面する重要な経営課題は「人手不足・人材確保」「生産性向上」「受注・販売の拡大」の3つに集約される。こうした課題解決の切り札として、多くの中小企業がSaaSを活用し始めている。
SaaSの活用により、従来10人で担当していた業務を3人で処理できるようになるなど省力化が進み、人手不足を補っている。同時に、同じコストでより多くの業務を効率的にこなせるようになり、生産性向上を実現。さらに既存取引先との関係強化や新規開拓でもSaaSの機能を活用することで、受注・販売の拡大につなげているという。
この領域では既に、銀行口座の入出金データをもとにAIを使って与信を行うFivotやUPSIDERなどのスタートアップが急成長を遂げ、三井住友銀行も中小中堅向け法人新サービス「Trunk」の展開を始めた。しかし、SaaS事業者との本格連携によって、事業内容や将来性を評価する「事業性融資」を実行する例は少なく、データ駆動型融資という未開拓領域が広がっている。
「世の中のビジネスがデータをベースとして回り始めている中、金融だけがその波に乗らないのはおかしいのではないか」。伊東社長のこの疑問が、従来の担保や保証人を重視する融資手法から、事業の成長可能性やリアルタイムの活動実態を評価する事業性融資への転換を後押しした。実際、マクアケが金融機関に行ったアンケートでは、38.5%の機関が「マクアケ実施がきっかけで銀行の融資につながった例がある」と回答しており、SaaSデータの融資判断への有効性が実証されつつある。
7月24日の開業記者発表会では、01Bankの伊東眞幸社長(中央)と連携する20社のプラットフォーマー代表者が集まった。マクアケ、Zaico、チャットワーク、クラウドワークスなど多様なSaaS事業者が参加し、データ活用による新たな金融エコシステム構築への意気込みを示した同行の成功を左右する第一のカギは、プラットフォーマーとの連携拡大にある。現在の連携先約250万社から、3年後には30社程度のプラットフォーマーと組み、総利用先数を約360万社に拡大する計画だ。
ただし、現時点では国内トップ規模のSaaSの名前はfreeeくらいで、海外SaaSの名前はない。「データ連携となると整備している最中で、時間がかかる先もある」(伊東社長)など、技術面の課題も残る。各SaaS事業者には独自の戦略やデータ管理方針があり、連携に向けた交渉は一筋縄ではいかない。
第二のカギは、AI審査モデルの精度向上だ。同行は口座入出金データとプラットフォーマーのデータを組み合わせた独自の審査エンジン構築を進めている。「開業時は人間の判断も加えて与信を確認するが、数年後には人間の判断に相当する部分も審査モデルに組み込むことを考えている」と伊東社長は展望を語る。
メガバンクもTrunkという形でこの市場に触手を伸ばしているが、「メガバンクが考える中小企業の売上ゾーンとわれわれが狙う中小零細・個人事業主の層は全然違う。基本的にはすみ分けができている」と伊東社長は分析するが、市場拡大に伴い競争激化も予想される。
同行は3年目の単年度黒字化と貸出残高1600億円を目標に掲げる。さらに個人事業主向けサービスも視野に入れており、その市場規模は150万〜400万人に上ると見られる。
データでビジネスを応援する新たな金融サービスが根付くかどうかは、連携するプラットフォーマーをどれだけ増やせるか、そしてそのデータを生かすAI技術をどこまで高度化できるかにかかっている。成功すれば、金融業界全体のデジタル化を加速させ、中小企業の資金調達環境を大きく変える可能性を秘めている。
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