人事評価専門のコンサルティング会社・リザルト株式会社代表取締役。
日産自動車は2025年5月、経営再建計画「Re:Nissan」を発表しました。リストラはとかく、労働者に対する「裏切り」であると批判されがちです。本当にそうでしょうか?
解雇される社員はどのような経済的影響を受けるのか、また従業員側だけでなく会社側にはどのような「傷跡」が残るのかを整理した上で、考えていきます。
労働経済学者の玄田有史氏は、リストラによって再就職した45〜59歳の男性について調べており、次のようなことを明らかにしています(『リストラと転職のメカニズム』2002年、東洋経済新報社)。
リストラの影響は金銭面だけに現れるわけではありません。臨床心理学者の高橋美保は、失業による非金銭的な喪失を次の3つにまとめています(『職を失うことによる労働者の非金銭的喪失』労働政策研究・研修機構『日本労働研究雑誌』2019年10月号所収)。
リストラでダメージを受けるのは、従業員だけではありません。会社にもその影響は大きく残ります。その中で最たるものは、残った社員の生産性が下がることです。
スキルには、どの企業に転職しても使える「企業一般的スキル」と、その企業の中でしか使えない「企業特殊的スキル」があります。働く人は収入の大半を、企業特殊的なスキルで得ていると言われています。
企業にとって企業特殊的なスキルは、企業一般的なスキルより重要です。企業はもっぱら企業特殊的なスキルの訓練を重視し、企業一般的なスキルの訓練はおろそかになることがあります。
ところがいったんリストラをすると、残った社員は企業特殊的なスキルの訓練に消極的になります。いつリストラされるか分からない状況で、その会社でしか使えないスキルを身に付けても、無駄になるリスクがあるからです。その一方で、企業特殊的なスキルも日々変化していますから、訓練が必要です。最終的には、残った社員の生産性が低下します。
こうした理由から、リストラは会社にとって最も避けたい選択肢です。
日産の再建計画の概要は次の通りです。
今回のリストラについて、業績不振になると人員削減をすることは日産の体質だという批判があります。しかし人員削減の前にやるべきことがあるかどうかは、裁判所が判断することです。
人件費削減や部門廃止など、余剰人員を整理するための解雇のことを「整理解雇」といいます。今回、日産が発表した人員削減はまさに整理解雇です。
企業が整理解雇を行う場合、これらの条件を満たさないものは無効であるという「整理解雇の4要件」があります。次のような内容です。
人員削減を行う必要性があるか。経営状況が悪化しているとしても、それが人員削減によらなければ達成できないものなのか。
解雇を回避するための努力を十分尽くしたか。最初から解雇を選んだのではなく、役員報酬カットや新規採用の停止、希望退職募集なども実施しているか。
解雇対象者の選定が妥当か。客観的に合理的な基準に基づいているか。
労働組合や労働者と人員削減の必要性や時期、規模、方法、人選などについて十分に説明し、誠意をもって協議したか。
このように、人員削減の前にするべきことをことをしたかどうかは裁判所が判断することです。
整理解雇の4要件はあくまで判例法理、つまりは「裁判になった場合はこのように判断される」という基準であり、裁判になって初めて問題になることです。労働基準監督署に通報しても、是正勧告を出してもらえません。
しかし日産には訴訟を起こす力を十分持った労働組合があります。会社側は4要件を満たしているという確信がなければ、リストラ計画など発表していないはずです。
既に述べた通りリストラは、対象になった人の生活に大きなダメージを残します。苦悩は察するに余りあります。それを承知の上であえて問います。リストラは本当に裏切りでしょうか。
まず、上で述べた通り、リストラで企業側も大きなダメージを受けます。決して従業員だけに犠牲を強いているわけではありません。
また、会社は何があろうと定年までの雇用を保障すると約束しているわけではありません。日産追浜工場の就業規則がどうなっているかは分かりませんが、余剰人員が生じたときに解雇することは、どの会社の就業規則にも書いてあることです。
一般に、工場の製造ラインで働いている人は、勤務する工場の閉鎖時には退職するという地域限定的な雇用契約を結んでいます。日産追浜工場も例外ではなく、製造を担当する「技能職」は転勤の範囲が限定されています。工場を閉鎖するときに労働者を退職させることは、裏切りでも何でもありません。
労働基準法では、整理解雇を含む普通解雇について、30日以上前に予告するか、あるいは「解雇予告手当」として、1カ月分の賃金を追加的に支払うことを定めています。
解雇をする場合、法律上はこのいずれかを行えば十分です。割増退職金を支給したり、再就職のあっせんをしたりすることは要求していません。中小企業が労働者を解雇するときは、多くの場合ではこれ以外の施策は講じていません。
その点、日産は1カ月前どころか3年近く前に工場閉鎖を発表しています。前述の通り、失業は金銭的な面だけではなく、生活や人生、生命にも影響をもたらします。予告期間が長いことは、それだけショックを緩和するはずです。
そして、これはまだ決まっていませんが、大企業の過去のリストラの例からみて、割増退職金を支給する可能性は高いです。前出の高橋美保は、失業による非金銭的喪失への、絶対的な補償は金銭的な支援であると言っています。割り増しどころか退職金制度そのものがない中小企業と比べれば、格段に恵まれています。
支援策として再就職のあっせんをすることも、ほぼ確実といえます。やはり前出の玄田有史は、リストラ中高年が再就職する場合、半年以内に同一の業種の、同一の職種に転職することが、賃金を下落させないために重要である。前の会社によるあっせんもしくは紹介があったとき、同一の職種に半年以内に転職する確率が有意に(統計学的に偶然といえない範囲で)高くなっていると言っています。
解雇は、ないに越したことはありません。しかし大企業のリストラは、解雇としては最も誠意あるものであり、あらためて「寄らば大樹の陰」を印象付けられます。
人事評価専門のコンサルティング会社・リザルト株式会社代表取締役。企業に対してパフォーマンスマネジメントやインセンティブなど、さまざまな評価手法の導入と運用をサポート。執筆活動も精力的に展開し、著書に『スリーステップ式だから、成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)、『会社の法務・総務・人事のしごと事典』(共著、日本実業出版社)、『賃金事典』(共著、労働調査会)など。Webマガジンや新聞、雑誌に出稿多数。上智大学経済学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。MBA、日本賃金学会会員、埼玉県職業能力開発協会講師。1961年生まれ。趣味は東南アジア旅行。ホテルも予約せず、ボストンバッグ一つ提げてふらっと出掛ける。
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