日本はAI活用で米中やドイツに遅れを取っている――。総務省が7月に発表した2025年版「情報通信白書」では、AI活用に消極的な日本の個人や企業の姿が浮き彫りになった。
一方で、AI活用を先導するリーダーたちからは、日本のポテンシャルを前向きに捉える声も聞かれる。日本の強みはどこにあるのだろうか。
「賢いAIを作る、フロンティアモデルを作るといったところは、米中に離されているところがあるが、実際これを使いこなすというレースは、まだ去年くらいから始まったばかり。まだまだ日本のチャンスはあると思っている」
7月に開催された、グロービス経営大学院主催の学生向けカンファレンス「あすか会議」。登壇したチームみらい党首の安野貴博氏は、参加した1200人の聴衆に向かってこのように話した。
「日本は人口がどんどん減ってきている中で、自動化するインセンティブがものすごく強い」(安野氏)
7月に発表された2025年版「情報通信白書」。総務省は日本と米中独の4カ国で、20〜60代の個人2590人と、企業の役職者1442人に調査した。
個人の生成AIサービス利用経験で、日本は26.7%。前年度の9.1%から約3倍増えたものの、米国(68.8%)、中国(81.2%)、ドイツ(59.2%)と比べると遅れを取っている。
企業における業務での生成AI利用率では、日本は55.2%だったのに対し、他の3カ国はいずれも9割を超えていた。
生成AIサービスを利用しない理由として、日本では「自分の生活や業務に必要ない」(40.4%)、「使い方が分からない」(38.6%)と考える割合が高かった。
AI活用で海外に水をあけられている中、国内では5月、AIの開発推進や規制に関する初めての法律「AI関連技術の研究開発・活用推進法」(AI推進法)が成立した。
安野氏とともにイベントに登壇したデジタル大臣の平将明氏は、「日本はAIについては学習しやすくて、実装しやすい国というのが基本的なスタンス」と説明する。
日本に先んじて2024年に欧州連合(EU)で発効したAI規制法は、リスクに応じてAIを分類し、それぞれの段階で運用事業者に義務や罰則を課す、といった規制色が強いのが特徴だ。
「EUでは学習するときから制約がかかる。一方、日本は知的財産権・著作権を守らなければいけないのは当然だが、学習は自由で、出てきたアウトカムが既存の著作物に依拠性があるなど、法律に抵触するとアウトというくくりにした」(平氏)
こうした法律の違いに加えて、平氏は比較的安定した日本の政治・社会情勢もAI活用の強みになると話す。
「海外ではAIに職を奪われるといった懸念からデモが起こるが、日本では圧倒的に人手が不足していて、こうした反発が起きるような環境にない。G7各国と比較して政治的にも安定し、また地政学的・安全保障的な理由からも、国内のデータセンターに投資が集まっている」(平氏)
環境的な優位性を生かすためにも、個人や企業にはマインドの変化が求められる。安野氏は「これから必要なスキルセットは大きく変わっていく」とし、次のように話す。
「一番重要なのは、始める力。AIに『これをやりたい』と言うことさえできれば、AIがその道筋を示してくれるようになる。ただ、これをやりたいと最初に欲望や目的を持つことは、人間じゃないとできない。いかに欲望を持つことができるか、こうしたいというビジョンを持つことができるかが、これからのビジネスパーソンにとっては非常に重要な能力になっていく」
テック業界では、AI投資を強化する中でコストを抑えるために、リストラを加速する動きも広がっている。米Microsoftが世界の全従業員の4%に相当する社員(約9000人)のリストラを発表したほか、米Amazon.comのアンディ・ジャシーCEOも、AI活用で効率化が進むことで、従業員数が減る可能性があるとの見通しを示している。
安野氏は、「これからは知的労働ができるということに、アイデンティティーやプライドを持つことができなくなる社会が訪れる。それでも生きがいを持てるために、ポストAGI(汎用人工知能)時代の哲学を急ピッチで考えていく必要がある」と指摘する。
マインド変化が求められる一方で、大企業や官公庁は組織が大きい分、改革のスピードが遅くなる点も否めない。この点について安野氏は、「AIで新しいことをするときに、人の数はとても少なく済むようになった。いまAI業界で急成長している企業も、10〜20人くらいのスモールチームがAIを使い回すことで、すごい馬力を出している」と指摘。「大企業的な組織も少し考え方を変えて、スモールチームの集合体に分割していくような方法も1つのやり方だ」と語った。
安野氏は、日本のAI活用にまだチャンスがあることを示すたとえ話として、米大手自動車メーカーのフォードとトヨタ自動車の話を紹介する。
フォードが流れ生産方式で初めて自動車を量産したのは1908年。一方、トヨタが初めて乗用車を完成させたのは1935年。約30年の開きがある。
「1930年代当時、トヨタが完成車をつくると言った時、米国が30年も先を行っているのに、勝てるわけがないだろうと批判を浴びた。ただふたを開けてみると、トヨタは世界一の自動車会社になった。何かを積み上げて、どんどん改善していくのは、日本の得意なところだと思うので、もう遅いよというのは、結構うそだなと思って見ている」
安野氏は、国会議員向けに超党派のAI勉強会を立ち上げると表明しており、10月中旬にも第1回の開催を予定する。AI活用で出遅れが指摘される日本だが、ここから巻き返しは始まるだろうか――。
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