「観光を止めない」――コロナや津波警報を乗り越えた沖縄県の“観光BCP”とは?

» 2025年11月04日 11時00分 公開
[長濱良起ITmedia]

 災害や感染症の流行、サイバー攻撃――。企業や自治体の間で「危機管理」や「BCP」(事業継続計画)への取り組みが広がっている。

 経済活動を止めないことが重要視される今、観光という“人の移動”を基盤とする産業にとっても、危機管理は避けて通れないテーマだ。

 観光業が産業の根幹の一つである沖縄県では、社会的な変化によって観光自体が敬遠され、県経済がダメージを受けてきた過去がある。

 記憶に新しいところでは、2019年末に始まったコロナ禍、2001年の米国同時多発テロ事件では、多くの米軍基地を抱える沖縄への旅行客が激減。修学旅行も約8割がキャンセルになるなど、“観光危機”の苦渋があった。

 コロナ禍が明けてからというもの、観光客数は過去最高を更新している一方で、過去に繰り返された観光危機が、次はいつ起こるか分からない。

 こうした状況に、今どのように対応する必要があるのか。観光危機管理の先進県でもある沖縄県の対策を追った。

「観光危機管理」の先進県・沖縄県の取り組みとは。写真は観光客でにぎわう那覇市のアーケード街(筆者撮影)

著者プロフィール:長濱良起(ながはま よしき)

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沖縄県在住のフリーランス記者。音楽・エンタメから政治経済まで幅広く取材。

琉球大学マスコミ学コース卒業後、沖縄県内各企業のスポンサードで2年間世界一周。その後、琉球新報に4年間在籍。

2018年、北京に語学留学。同年から個人事務所「XY STUDIO」代表。記者業の他にTVディレクターとしても活動。

著書に『沖縄人世界一周!絆をつなぐ旅!』(編集工房東洋企画)がある。


 沖縄経済の2〜3割を占めるといわれている観光業。県も観光産業を「リーディング産業」と明確に位置付けている。2025年8月の入域観光客数は約107万5000人と、同月としては過去最高を記録した。

 沖縄のみならず、日本全体としても「観光立国化」が加速している。

 日本政府観光局が発表した2025年9月の訪日外国人数は、同月として初めて300万人を超え、過去最高を更新。今年1〜9月までの累計は3165万人となり、過去最速で3000万人を突破した。

 こうした意味では、「観光危機管理」の取り組みは沖縄だけでなく、全国の自治体にとっても必要だといえる。

全国に先駆けて「観光危機管理」計画を策定

 県では2011年に発生した東日本大震災を契機に、2014年度に全国に先駆けて「県観光危機管理基本計画」を、翌2015年度には「県観光危機管理実行計画」を策定した。

 その後のコロナ禍を受け、両者を一本化する形で2021年度に改定した「第二次県観光危機管理計画」では、沖縄観光の危機として、大きく以下の5つを想定している。

(1)地震や津波、台風などの「自然災害・危機」

(2)テロやハイジャックなど「人的災害・危機」

(3)新型感染症の発生やパンデミックといった「健康危機」

(4)タンカーからの重油流出など「環境危機」

(5)経済変動や他国との外交摩擦などの「県外で発生した災害・危機」

 「被害を最小化する『減災』の考え方に基づき、観光客や観光関連従事者等の人命を守り、観光産業への被害をできるだけ少なくする」ことを基本方針とし、

(1)平常時の減災対策(Reduction)

(2)危機対応への準備(Readiness)

(3)危機への対応(Response)

(4)危機からの回復(Recovery)

――の「4R」を回していくことを定めている。

観光客でにぎわう那覇市のメインストリート「国際通り」(筆者撮影)

 県文化観光スポーツ部観光振興課の諸見里真椰さんは、島しょ県ならではの視点として「ほとんどの場合、県には空路でしか出入りできないので、(観光客や出張者といった)帰宅困難者への対応や収容については、県が独自で積極的に取り組まなければなりません」と話す。

 近年では、2024年4月に起きた台湾東部沖地震や2021年10月以降の軽石大量漂着などが観光危機の一例となった。県ではそれぞれの危機に応じた基本マニュアルも定めており、「地震・津波」「感染症」「海外でのテロ」などさまざまな状況に応じて、初動・準備から応急、復興までのそれぞれのフェーズに合わせて行動手順を示している。県や市町村、観光関連事業者などが一体となって情報収集に努めたり、観光客への適切な情報発信をWebサイトやSNSで行っていくというものだ。

 同課の松川善樹さんは「何かが起きた時にマニュアルが“発動する”のではなく、常時マニュアルに沿って動いていこうという考え方です」と説明する。

 多言語での観光客への情報接触ポイントも意識的に設置を進めている。2025年10月からは、観光庁の補助事業の一環として、那覇空港などに計5台の「AIコンシェルジュ」を設置。観光や防災を含めた関連情報を、サイネージに写ったAIアバターと音声でやり取りができる仕組みだ。

行政職員らが「帰宅困難者」を疑似体験する訓練も

 そんな中、毎年の取り組みの一つとして行っているのが「観光危機管理対応図上訓練」だ。2024年度は、行政機関や観光協会、観光関連団体や事業者など73機関185人が参加。

  • 大規模地震・津波が起こり、沖縄県全域で10万人の観光客が帰宅困難となった
  • 航空機の運航再開に2週間、輸送にはさらに1カ月かかる

――というシチュエーションで、交通輸送機能の早期復旧と、観光客の滞在支援について課題を確認し合った

2024年11月に実施した「観光客帰宅支援対策運用図上訓練」(引用:沖縄観光コンベンションビューロー

 従来は1カ所に集まって複数の机を囲んで議論するという方式だったが、2025年度は“装いを新たに”し、従来と違ったアプローチで11月に「体験型訓練」を展開していくという。

 具体的には、旅行者の立場で大規模災害発生時の状況を疑似体験するというもので「観光客で地元の地理に詳しくなく、災害時にどこに避難してどのような行動を取るべきなのか分からないという状況を疑似体験して、同じ立場になって課題を考えていく訓練です」と松川さんは説明する。

 県の観光危機管理体制の構築支援事業を受託する沖縄観光コンベンションビューローが、フラップゼロアルファ(大阪市)に再委託したもの。同社は、脱出ゲームに代表される謎解きエンターテイメント事業でのノウハウも応用し、映像、音響、照明を駆使した空間の中で、防災ミッションをクリアしていく。

 「観光立県としては、観光客の安全を守ることの重責をひしひしと感じています。計画を作って終わりではなく、ブラッシュアップしてトレーニングしていくことが大事です」と松川さんは話す。

 観光危機管理の先進県である沖縄には、他自治体からも視察や意見交換の連絡もよく来るという。「他の自治体との連携もウェルカムです」と、そのノウハウを広く共有していく。

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