マネーフォワードが目指すのは、AIワーカー市場という新しい領域への参入だ。
従来のSaaSは一度開発すれば追加コストはほとんどかからないが、AIプロダクトは利用ごとにGPUや電力を消費する。推論やAIエージェントの構成次第では赤字に陥るケースさえある。さらに基盤モデルの高性能化で参入障壁が下がり、価格競争も激化する。
そこで同社が描くのは市場の再定義だ。「AIワーカー市場というところに拡張して、人件費を回収できるよう我々がシステム提供する代わりに、AIエージェントのフィーをいただく」(山田氏)。従来のSaaSは月額数千円だったが、AIが業務を代行するなら、秘書や経理担当者を雇う費用と比較可能な価格体系になると見込む。
山田氏は「生産年齢人口が減っていく中で、一つの業務タスクを実行することに対して払えるお金は増えていく」と目論む。ただし成否は「どういう体験をユーザーにもたらすことができるかどうか次第」と話す。
AI確定申告は当面、個人事業主向けの機能拡充に注力する。今回のβ版は領収書処理のみだが、2027年2〜3月の確定申告シーズンまでに、売上請求書や各種書類への対応を完了させる計画だ。源泉徴収票、生命保険料控除証明書、医療費控除関連書類などをAIが自動処理し、銀行口座との連携も実現する。
ただ、マネーフォワードの野心はそこにとどまらない。最終目標は中堅企業向けのAIネイティブプロダクトだ。そこに至るまでには「5年スパン」を見込んでいる。中堅企業では処理すべきタスクの種類と複雑性が、個人事業主向けとは桁違いに多いからだ。
マネーフォワードは一つ一つの業務タスクに対応するAIエージェントを「スキル」という単位で捉え、それらを組み合わせる戦略を描く。個人事業主向けなら10〜20のスキルで完結できるというが、山田氏によると、中堅エンタープライズ向けでは全然足りず、100単位になってくるという。
山田氏が描く未来では、80%以上をAIが処理して初めて「AIネイティブプロダクト」と呼べる。「5年後には7〜8割ぐらい自律的に処理してくれている世界が来るといい」(山田氏)
生成AI時代に「人が主役」の前提を捨て、「AIが主役、人が補佐」という新たな関係性を構築する。既存事業とのカニバリゼーションも辞さないマネーフォワードの挑戦が、バックオフィスSaaS市場の競争ルールを変えられるのか。確定申告という入口から始まった変革が、5年後に中堅企業のバックオフィス業務全体へと広がるかどうか。マネーフォワードのチャレンジが注目される。
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