「SaaSは死なない」 AIの弱点を冷静に見据えた、LayerXの成長戦略とは?(1/3 ページ)

» 2025年10月17日 07時00分 公開
[斎藤健二ITmedia]

 生成AIの急速な進化が、ソフトウェア業界に激震をもたらしている。特にSaaS(Software as a Service)企業にとって、この波は生存を脅かすものとして受け止められつつある。「SaaS is Dead」(SaaSの終焉)――。シリコンバレーを中心に、こんな言葉が囁(ささや)かれるようになった。

 汎用的なAIエージェントがさまざまなソフトウェアを自在に操り、業務を遂行する。そんな未来が現実味を帯びる中、個別の業務に特化したSaaS製品は不要になるのではないか。この見方が広がっている。

 だが、バックオフィス向けSaaSを展開するLayerX(東京都中央区)の福島良典CEOと松本勇気CTOは、この論調を「明確に間違い」と断言する。両氏が示すのは、SaaS企業だからこそ生成AI時代に優位に立てるという戦略だ。

 バックオフィス業務の効率化SaaS「バクラク」を1万5000社超に提供するLayerXは、ChatGPTの登場直後からAI活用に取り組んできた。2年以上の実践を経て、両代表が見出したのは「AIは万能ではない」という現実である。

 「賢さ」だけでは業務は遂行できない。必要なのは業務の「コンテキスト」と「データ」だ――。この認識が、LayerXの生成AI戦略の出発点となっている。既存のSaaS企業は本当に消えゆく運命にあるのか。それとも、新たな形で進化を遂げるのか。LayerXの取り組みから、その答えを探る。

SaaS企業は本当に消えゆく運命にあるのか、それとも――。写真はLayerXの福島良典CEO(左)と松本勇気CTO(筆者撮影)

「SaaSは終わらない」――AIの限界とは?

 「SaaS is Dead」論の根底にあるのは、統合的なAIエージェントがさまざまなソフトウェアを使いこなし、汎用性の高い1つのエージェントが全ての業務を担うという世界観だ。個別業務に特化したSaaSは不要になる――。この見方に対し、福島氏は極めて明快な比喩で反論する。

 「今のAIは、おそらくアインシュタインより賢い。それでもLayerX社の経費精算はできない」

 世の中のほとんどの問題はIQの問題ではなく、コンテキストの問題だ。福島氏はそう見る。

 「アインシュタインのような知能を持った人でも、経費精算のプロセスやマニュアル、使うツール、アップロードのルールを教えれば必ずできる。だが、何も教えなければ絶対にできない」

 基盤モデルが賢くなる方向と、業務プロセスを解くことの間には大きなギャップがある。業務の効率化に必要なのは、コンテキストや業務プロセスをしっかり教え、そこに合わせて評価していくことだ。

 松本氏も同じ視点から、AIの限界を指摘する。「現状の技術では精度が出ない。1つの知能に良い道具をたくさん与えて、何でもこなせるようにしようという発想は期待しすぎだ」

 業務ステップは多岐にわたる。各ステップでミスが積み重なれば、最終的なアウトプットの精度は大きく低下する。汎用的なエージェントに多くの機能を詰め込むほど、かえってミスは増えていく。

 では、このギャップを埋めるものは何か。それこそがSaaSである。AIはビジネスの知識を持たずに働くことはできない。業務プロセスのコンテキストを持ち、データを蓄積してきたSaaSこそが、AIと業務をつなぐ接点になる。福島氏の言葉を借りれば、「AIネイティブに合わせて進化するSaaSが一番成長する」のである。

 ただし、福島氏は重要な但し書きを加える。「既存のSaaSが変わらなくてもいい、という話ではない」。生成AI時代に適応できないSaaSは淘汰(とうた)される。変化が求められるのは確かだ。しかし、それは「SaaSが終わる」ことを意味しない。適切にAIを組み込んだSaaSこそが、次の時代の勝者になる。

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