「SaaSは死なない」 AIの弱点を冷静に見据えた、LayerXの成長戦略とは?(2/3 ページ)

» 2025年10月17日 07時00分 公開
[斎藤健二ITmedia]

勝負を決めるのは“データの質” SaaSがAIを凌駕する理由

 では、LayerXはどのような戦略でAI時代に臨むのか。その核心は「小さなエージェントをたくさん作る」という思想にある。

 松本氏は、エージェントを「請求書を受け取ってデータベースに放り込んでくれる妖精のようなもの」と表現する。1つの汎用的なエージェントが全てをこなすのではなく、特定の小さなタスクに特化したエージェントを数千、数万と作り、それらを束ねて仕事をさせる。

 バクラクにはすでに、こうした「妖精」たちが実装されている。請求書をOCR(光学的文字認識)で読み取るだけでなく、企業ごとの帳票の癖を学習して精度を上げるエージェント。経費精算の領収書を撮影すると、自動で金額や日付を抽出し、勘定科目まで提案するエージェント。入金があれば請求書と自動で照合し、消し込み作業を行うエージェント――。

 これらは一見すると地味な作業だが、実際の業務現場では膨大な時間を要する。特に重要なのは、ソフトウェアとソフトウェアの隙間に落ちている業務を埋めることだ。請求書を受け取ってから会計システムに入力するまでの間、入金を確認してから消し込みを行うまでの間。こうした「間」の作業こそが、最も人的コストがかかり、生産性に効く領域だと福島氏は指摘する。

LayerXが開発中のエージェント群。バクラクAIエージェントやAI Workforceといった既存プロダクトに加え、金融関連文書生成、営業支援、広告審査支援など、バックオフィスを超えた領域にも展開を進める。「全SWE(ソフトウェアエンジニア)のAgent開発者化」「Agent自動生成R&D」といった項目からは、数千・数万のエージェントを効率的に生み出すための基盤技術開発にも力を入れていることが分かる。AI Ops Engineeringやエージェント運用の自動化など、エージェント自体を管理・運用する仕組みづくりも並行して進めている

 「業務に入り込んだデータとコンテキストをいかに押さえるかが全てだ」

 こうしたLayerXの戦略を支えるのが、SaaSが持つ2つの資産である。良いデータと、良い業務プロセスだ。

 松本氏は「LLMラッパー」という言葉を引き合いに出す。これは、大規模言語モデルを簡単なロジックで包んだだけのサービスを指す業界用語だ。「LLMをロジックで包んだものをリリースしても勝てない。差別化のポイントは、良いデータと良い業務プロセスを持っているかどうかだ」

 例えば請求書処理のエージェント。表面的にはどの企業のエージェントも同じように見える。だがバクラクの場合、1万5000社超の導入実績から蓄積された膨大な請求書データがある。この企業はこういう形式の請求書を使う、この業界ではこの項目が重視される――。こうした知見がデータとして蓄積されているからこそ、AIの読み取り精度が上がる。

請求書回収エージェントの動作イメージ。従来は経理担当者が取引先の請求書発行サイトにログインし、請求書を1つずつダウンロードする作業が必要だった。この「ソフトウェアとソフトウェアの隙間」にある業務を、AIエージェントがブラウザを自動操作することで代行する。数百社と取引がある企業では、月初に経理担当者が丸1日かけて請求書を収集するケースも珍しくない。こうした定型的だが煩雑な作業こそが、小さなエージェントが最も効果を発揮する領域だ

 「LLMが間違うのは、実はデータが間違っているケースが多い。SaaSが強い理由は、良いデータを持っているからだ」。松本氏の指摘である。

 業務プロセスも同様だ。経費精算ひとつとっても、企業ごとに承認フローは異なる。バクラクに蓄積されているのは、各社の特有のフローだけでなく、多くの企業を観察してきた中で見出した「ベストプラクティス」でもある。こうしたプロセスを組み込むからこそ、エージェントは単なる作業の自動化ではなく、業務の最適化までを実現できる。

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