FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックスタートアップにて金融商品取引業者の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、広告DX会社を創業。サム・アルトマン氏創立のWorld財団における日本コミュニティスペシャリストを経て株式会社X Capitalへ参画。
2026年1月、米OpenAIが「ChatGPT Health」の段階リリースを発表した。米Appleの「ヘルスケア」アプリや各国の医療記録システムなどの健康データを、ChatGPT Healthに連携することで、個々の健康情報に基づいた支援を受けられる新機能だ。医師との診察に向けた準備、食事や運動習慣に関するアドバイス、保険プランの選択などをサポートする。
ChatGPT Healthは60カ国、260人以上の専門医と協働し、60万回ものフィードバックを重ねて構築したという。
この機能は単なるユーザー利便性の向上にとどまらず、これまで多くのスタートアップが「専門領域へのAI適用」として開拓してきた市場の防波堤を、一気に突き崩す時代の到来を示唆している。日本国内で生成AIを活用した新規事業に挑むスタートアップや、企業の新規事業部にとって、今回の事態は“単なる機能拡張”として片付けることはできない問題だ。
既存のLLMを特定の分野に特化させ、UIなどを整えただけの、いわゆる「LLMラッパー」(大規模言語モデルを簡単なロジックで包んだだけのサービスを指す業界用語)と呼ばれるビジネスモデルは、今まさに構造的な限界、ひいては存在意義そのものを問われているのだ。
かつて、スタートアップの勝ち筋は、汎用モデルには不可能な「特定業界のドメイン知識」にあると言われてきた。医療、法務、金融といった高度な専門知識が求められる分野は、プラットフォーマーの手が届かない「聖域」であると考えられていた。
しかし、ChatGPT Healthの開発にあたり、OpenAIは30もの重点領域において、モデルの出力を微細に調整している。医療従事者への受診を促す緊急性の判断や、複雑な情報を過度に単純化しないための“さじ加減”を、膨大な専門家のフィードバックによってアルゴリズムに組み込んだのだ。
これにより、特定の疾患や健康維持に特化したチャットサービスを展開していたスタートアップの多くは、ChatGPTという強大なインフラの一部と競合する事態に追い込まれた。
このように、プラットフォーマーが周辺の付加価値を取り込み、サードパーティを淘汰する光景は、ビジネスの歴史においてたびたび繰り返されてきた。かつて米Microsoftがブラウザ機能をWindowsのOSに統合し、先行していた米Netscapeなどの競合を圧倒したように、OpenAIはユーザーの切実なニーズである「健康」を自らの中枢に統合したのである。
この状況下で、企業が新規事業として「LLMラッパー」を選択することは、経営学的な視点からも極めてリスクが高いと言わざるを得ない。LLMラッパー型ビジネスが抱える致命的な脆弱性は、参入障壁の欠如に尽きる。
ChatGPT Healthが示すように、プラットフォーマーは米Appleや米GoogleといったOS層や、巨大な医療ネットワークと直接つながり、ライフログや機微データを一元的に把握できるようになりつつある。単一の課題を解決するだけの個別アプリは、ユーザーのコンテキスト(文脈)全体を把握する統合型AIに対して、体験の質で太刀打ちできなくなる。
米Zoom CommunicationsやMicrosoft、Googleが「AIによる議事録」を各自のサービスに統合し、いわゆる「AI議事録スタートアップ」市場に下火感が広がってきたことなども、同様の傾向と言えそうだ。
では、スタートアップや企業の新規事業チームは、どこに勝機を見いだすべきか。巨大プラットフォーマーの動きを詳細に分析すれば、彼らが物理的、あるいは構造的に“手を出せない”領域が見えてくる。
例えば、ChatGPTは高度な推論を提供しながらも、「責任は取れない」という点に着目したい。ChatGPT Healthについても、「診断や治療を目的としない」という一線を守り続けている。これは、誤診に伴う損害賠償や各国特有の厳しい法規制といったリスクを回避するためだ。
特定地域で免許や資格を保持し、法的責任を伴う「最終判断」を下すビジネスモデルは、AI単体では完結しない。人間が「責任」というコストを支払う独占業務の領域は、生成AIとのすみ分けが進む可能性が高く、世界的なプラットフォーマーとしては優先度が下がる領域となるだろう。
また、転職サイトの退職者口コミなど、インターネット上で簡単に収集できないデータを収集・保有するようなサービスも、堅調に推移するだろう。
逆説的かもしれないが、AI時代にはある種非効率にも思える人間関係や物理作業を通じて得られたデータ領域が、事業の芽となりうるわけだ。
他にも、投資対効果が見合わない超ニッチな専門工程には勝機が見いだせそうだ。全人類の健康をターゲットにするOpenAIにとって、あまりに市場が狭い専門業務の効率化は、開発の優先順位が常に低い。特定の専門職にしか理解できない高度なワークフローや、国ごとの特異な商慣習に根ざした業務の自動化は、プラットフォーマーが本腰を入れて参入するまでの猶予期間が極めて長いといえる。
水道や電力と同じように、生成AIが社会インフラ化する時代において、企業の新規事業が目指すべきは「AIそのものの提供」ではない。AIが触れることのできない「現実の痛み」や「法的制約」を戦略的に取り込み、テクノロジーとリアリティを高度に融合させた実業の再構築こそが、事業の新たな芽となるだろう。
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