小川氏が牛丼に目を付けたのは、マクドナルドのハンバーガーのように、日本全国、さらには世界へ広がる可能性があると考えていたからだ。牛肉とパンを組み合わせたハンバーガーが支持されるなら、牛肉と米を組み合わせた牛丼が広く受け入れられるはずだと確信していた。
実は、ほとんどメディア取材を受けない小川氏が、ある記事で吉野家在籍時代の苦労を語ったことがある。
吉野家は1980年、120億円の負債を抱えて経営破綻した。その後、1983年からセゾングループ傘下で再建が進められた。
当時、経理部次長として金融機関との交渉の最前線に立っていた小川氏は、「牛丼チェーンは200店舗が限界」と主張する銀行側に対し、「米国にハンバーガー店が1万店舗あるなら、人口が半分の日本でも牛丼店は5000店舗作れる。200店舗で飽和するはずがない」と反論したという。
小川氏は再建計画までまとめたが、その構想は受け入れられず、吉野家は倒産してしまった。
小川氏はこの持論の正しさを証明するために起業したと言っても過言ではない。
当時の牛丼に対するイメージは、「駅前で忙しく働く男性客に支持される商品」だった。しかし、小川氏は牛丼にさらに大きな可能性を見出していたのである。郊外でも、ショッピングセンターでも、繁華街でも売れ、家族も、カップルも、高齢者も、子どもも、男女問わず誰もが食べる。そんな普遍的で日常的な商品になれると考えていた。
その構想を、店舗という形で具現化したのが「すき家」だ。当時、牛丼の未来図をここまで明確に描けていたのは、小川氏だけだったのかもしれない。
実際、牛丼を扱うチェーン店は急拡大。現在の国内店舗数は、すき家が約2000店舗、吉野家が約1300店舗、松屋が約1200店舗、なか卯が約440店舗と、合計すると5000店舗弱に達する。かつて「夢物語」とされた小川氏の仮説は、生涯をかけて証明されたと言って良いだろう。
すき家“23時間営業”が問い直す、外食チェーンの限界と未来
「すき家」はなぜ、異例の値下げに踏み切ったのか 背景と勝算を探るCopyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
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