「推し活」を仕掛ける人、のめり込んでいく人、かつてのめり込んでいた人を主人公に、推し活を多面的かつ解像度高く描き、ファンダム経済の功罪を浮き彫りにした小説『イン・ザ・メガチャーチ』(朝井リョウ著、日本経済新聞出版)が、2026年本屋大賞を受賞した。
同小説は、自身は推し活の経験がなく興味も持っていなかった人に「推し活の持つ“カネを動かす力”」、あるいは「マーケティングツールとしての推し活の価値」が広く認知されるきっかけの一つになっているようだ。いまや推し活の市場規模は3.8兆円にまで膨らんでいる(※野村総合研究所の調査より)ともいわれる。
活況を呈する推し活市場を「一部の熱烈なファンが盛り上がっているだけ」と捉えるのは早計だ。事例、調査データ、脳科学、心理学の視点で見ると、推し活をビジネスに生かすためのメカニズムが見えてくる。
本記事は、NTTデータ経営研究所が主催したオンラインセミナー「『好き』はどこまでビジネスになる?──推し活の正体を、脳科学的アプローチで読み解く30分」の第2回「人はなぜ“応援”にお金と時間を使うのか」(2026年4月16日開催)を取材したもの。
推し活ビジネスに取り組む際、推し活未経験の人は「どうしたら熱量の高いファンを生み出せるのか」と考えることが多いという。「熱量が高いファン=高額消費につながる優良顧客」という図式が脳裏に浮かんでいるからだろう。
しかし、NTTデータ経営研究所の「推し活・応援広告調査2025」によると、推し活をしている人(推し活実施者)が推し活に使っている金額は「月3000円未満」が最多の34.1%で、全体の半数以上が「月1万円未満」という結果だった。推し活実施者全体の平均額は月1.75万円だという。
月1万円未満と答えた半数以上の人は、熱量が低いわけではない。お財布事情や家庭の事情など、さまざまな理由で出費額は変わってくる。熱量の高さは推し活に投じる金額では測れないし、熱量を高めても消費額に反映されるとは限らない。つまり、推し活を「高額消費」ではなく「多様な関与の積み重ね」として捉える必要があるという。
お金の使い道はどうか。「推し活とは、推しのグッズを集めることである」という認識だけでは、推し活の姿を捉え切れない。
先の調査において、推し活の活動内容を尋ねたところ、1位「ライブ・コンサート・試合への参加」、2位「SNSや出演情報をチェックする」、3位「推しに関する映像や書籍を見る」であり、“体験”が上位を占める結果となった。
グッズの購入は4位以下。企業は単にグッズを作るだけでなく、“体験の設計”も大切にすることが重要といえそうだ。
推し活を正しく理解する上で、もう一つ重要な価値観として「『推し』と『好き』は別物」という点が挙げられる。一見すると些細(ささい)な違いに思えるかもしれないが、この違いによって「年間に投じる趣味費の総額に2倍以上の差が出る」と聞けば、話は変わってくるのではないだろうか。
推し活・応援広告調査2025では、推しと好きの違いを明らかにするために「推しがいる人」「推しではないが好きなものがある人」に対して、それぞれ質問をしている。
| 推しがいる人 | 好きなものがある人 | |
|---|---|---|
| 推し・好きな人やものに、幸せになってほしい? | 74.5% | 37.3% |
| 推し・好きな人やものに、もっと活躍してほしい? | 68.9% | 39.4% |
| 推し・好きな人やものを、さまざまな人に知ってほしい? | 47.2% | 15.3% |
| 推し・好きな人やものを、お金を費やしたい? | 41.6% | 7.7% |
| 推し・好きな人やものを、応援すると自分も幸せになれる? | 67.2% | 24.3% |
※推しがいる人(n=6240)と、好きなものがある人(n=5298)への質問に対して、肯定した人の割合
この結果について「推しは好きの延長ではない。(推しがいるということは)相手の幸せと自分の感情が結び付いている状態で、自身の日常をポジティブに動かす原動力になっていると考えられる」と見るのは、ジェイアール東日本企画(以下、jeki)の河原千紘氏(未来事業推進局 「Cheering AD」プロジェクトリーダー)だ。
他方、NTTデータ経営研究所の高瀬未菜氏(「高」は「はしごだか」)(ニューロコグニティブイノベーションユニット コンサルタント)は、欧州のサッカーチームのファンを対象とした「試合動画視聴中の脳活動を測定した研究」を紹介して「帰属意識が強いファンほど、感情や記憶に関連する脳の領域が強く活性化することが証明されている」と解説。推しがいると自覚することの重要性を、次のように説いた。
「推しがいるという自覚によって、帰属意識が強く働くと考えられる。帰属意識が強いと感情や記憶に影響を受けやすくなるため、推しからの発信といったマーケティングメッセージの効果も強く受けやすくなり、推し活の行動がさらに強化される」(高瀬氏)
どういうことか。企業目線で考えてみると分かりやすい。例えば「Aのグッズを買った人」が2人いたとする。一人は「自分はAを推すファンダムの一員だから、Aのグッズを買った」と“推し活をしている自覚がある人”であり、もう一人は「自分は推し活なんてしていない。Aが好きだからAのグッズを買っただけ」という“推し活未満の人”だ。
売り上げだけを見れば、どちらも「Aのグッズが売れた」という事実は変わらない。だが、両者の心理の違いを正しく捉えておかなければ、施策を見誤りLTV(ライフタイムバリュー、顧客生涯価値)を最大化できないリスクがある点に注意が必要だ。
同調査結果によると、年間の趣味費は「推しがいない人:8.76万円」「推しがいる人:17.88万円」「推し活経験者(自覚的に推し活をしている人):21万円」。推し活の力をビジネスに生かすには好意を集めるだけでは不十分であり、推しに“沼っている”自覚を消費者に芽生えさせることが肝要なのだ。
推し活の対象は、何もアイドルやキャラクターのようなエンタメ領域に限る必要はない。ブランドや地域、活動といった“見えないもの”にも置き換えられる。
「推し活は一過性の熱狂ではなく、心と脳のメカニズムによって、能動的な行動が自然と繰り返されるもの。だからこそ『何を推させるか』ではなく『どのように関与を設計するか』が大切だ」と強調する高瀬氏は、次に「なぜ人は推しに対して関わり続けるのか」を多角的に理解する上で役立つ「2つのサイクル」に言及した。
2つのサイクルは、コンテンツとファンの間で回る「外側の循環」(市場)と、個人の中で回る「内側のドライブ」(心理)で構成されている。前者(以下の図の赤い円)はjekiが提唱する「推しサイクル」というモデルで説明できる。
河原氏が携わるjekiの応援広告サービス「Cheering AD」(チアリングアド)は、推しの誕生日を祝うためなどの目的でファンがお金を出し合って、交通広告を出稿できるサービスだ。応援広告を実施した人に「応援広告の実施後に、応援広告以外の推し活の使用金額が増えたか」と尋ねると、83.5%の人が増えたと回答した。
応援広告に出資することで自身の関与度が高まり、推しをもっと好きになって、推しに関するコンテンツの消費が拡大するサイクルが生まれている。加えて、応援広告を出稿する過程でファン同士のつながりが強まったとする回答が75.8%に上り、コミュニティーの活性化が見て取れる。応援広告を見ただけの(出資はしていない)人も74.4%が「ファン同士のつながりが強くなった」と答えたことから、こちらも間接的にコンテンツ消費の拡大を期待できるだろう。
このように、ファンとコンテンツが互いに影響し合いながら、循環を拡大させていく。この外側の循環と内側のドライブが回り続けることで、LTVが拡大し、推し活市場は継続的に伸長し続けるのだ。「推し活はどれだけ強くハマるかではなく、どれだけ回し続けられるかが重要だ。外側と内側の両方の視点を理解することで、なぜ人が応援にお金や時間を使うのかを解像度高く理解できるだろう」と語り、高瀬氏はセミナーを締め括った。
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