UCL(ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)が全国代表サンプル5260人を対象に実施した調査(BMC Medicine誌掲載)によれば、2024年初からの1年間に英国成人の2.9%、約160万人が減量目的でGLP-1を使用しました。さらに約330万人(6.5%)が今後1年以内の使用に関心を示しています。使用率は女性が男性の2倍で、45〜55歳の中年層に多くなっています。
私的処方の内訳については、英シンクタンクHealth Foundationの分析が参考になります。処方を受けた11万3630人のうち女性が9万262人と、実に79.4%を占めます。年齢別では30〜39歳が27.2%、40〜49歳が24.3%で、30〜49歳が過半を占めます。
30〜49歳に限れば、女性対男性は約3.5対1です。
人物像を小売り視点で表現すると、こうなります。
「30〜40代の女性。月額数万円相当の自己負担をいとわず健康に投資し、世帯の食品購買の意思決定権を持つ層」。食品スーパーの最重要顧客とほぼ重なります。英国の小売りが即座に動いた理由はここにあります。
GLP-1の服用で、食欲が抑えられ、食べる量が減ります。重要なのはその先です。
食事の摂取量が減ると、過剰なカロリーだけでなく、たんぱく質・食物繊維・ビタミン・ミネラルまで一緒に減ってしまいます。特に急激な減量では筋肉量の減少リスクが指摘されており、栄養学的には高たんぱく食の維持が推奨されます。
つまりGLP-1利用者は「少ない量で必要な栄養を確保する」という新しい制約条件を持ちます。食事量は増やせないのであれば、一口あたりの栄養密度を上げるしかありません。この制約から、英国スーパーの新商品が生まれました。
2025年末から2026年初にかけての各社の動きを具体的に見ていきます。
M&Sは2026年1月、約20品の「Nutrient Dense」(栄養濃密)シリーズを投入しました。設計思想は「カロリーより栄養素が濃い」です。サラダ、ブレッド、ヨーグルトボウル、チキンミールなどで構成され、レディミールは400グラムで7ポンド(約1505円:1ポンド215円換算)です。
英国の年収中央値が700万〜800万円程度であることもふまえると、筆者の感覚では日本の2倍の物価に思えます。日本でやや高級なスーパーの700円台の弁当を買う感覚です。味はおいしかったです。
同社の食品イノベーション責任者は「GLP-1利用などで食事量を減らしている顧客に最適」と明言しています。
注目すべきは訴求の広げ方です。「英国成人の96%が食物繊維不足」という公衆衛生データと接続し、GLP-1利用者専用ではなく、全顧客の栄養課題に応えるレンジとして打ち出しました。
Morrisonsは英サプリメント大手Applied Nutritionとのライセンス契約により、レディミール・サンドイッチ・パン・チーズなど53品の高たんぱく商品を約400店に展開しました。
チキンカセロールなどのレディミールは280グラムで3.75ポンド(約806円)です。一見すると同社の既存ダイエット食品と同価格ですが、内容量が違います。既存のCounted/Proteinレンジ食品が、380グラムで100グラムあたり0.99ポンドなのに対し、GLP-1 Friendlyは100グラムあたり1.34ポンド。容量単価は約35%割高です。
「量を減らして単価を上げる」構造が実売価格で成立していることを示す事例です。
冷凍食品特化小売業のIcelandは、MyproteinとSlimming Worldのブランドで「高たんぱく・カロリー管理」食品38品を展開しました。
例えばケイジャンチキンバーガーは300グラム・186kcal・たんぱく質34グラムで4ポンド(860円)。たんぱく質量をグラム単位で明示する、スペック型の売り方が特徴です。
ネットスーパーのOcadoは新商品を作りませんでした。代わりに「Weight Management」という専用売り場をオンライン上に新設し、100グラムの極小ステーキ、600kcal未満の高たんぱく・高食物繊維ミール、M&SのNutrient Dense、Holland & Barrettのサプリメントなどを紹介しています。
商品開発を伴わない「棚の再編集」での参入であり、ECの即応性を生かした対応といえます。
なお、課題もすでに見えています。「GLP-1 Friendly」という表示には規制上の定義がなく、利用者コミュニティからは「実態はたんぱく質量と利便性で選んでいるだけ」との冷めた声もあります。実際、Ocadoは公開数日後に健康訴求の規制懸念から「Weight Management」という売り場名を取り下げました。
栄養スペックの裏付けと表示の信頼性が、ブームを定着させられるかの分水嶺になるでしょう。
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