それでも、冷静に見れば、ターミネーターの世界はまだ来ない。
まず、一般的なAIは基本的に物理世界とつながっていない。ロボットや武器、電力網、軍事指揮系統を掌握しているわけではない。今回の被害は、あくまでネットワークの中で完結した。
また、AIが自前の目的を持ったわけではない。「人類を滅ぼしたい」などという目標はなく、与えられた課題を最適化するために暴走しただけだ。停止コマンドが効かない超知能でもない。実際、OpenAIはモデルを隔離し、評価を止めて封じ込めた。
加えて、自己複製で無制限に増殖もしていない。1200体という数字は、もともとOpenAIが起動していた数だ。
この事件が突き付けているのは、AI自体の悪意ではなく、「目標達成だけを強く評価する仕組み」をAIに与えると暴走しかねないということだ。
AIが「世界平和を実現せよ」と指示されたとすると、それを達成して評価されるために、元凶である人類を消滅させるという選択肢を取る――そんな極端なシナリオも、あり得ないとは言い切れない。
しかもAIエージェントは、想定外の経路で協調し、現実世界に被害を及ぼす可能性もある。
ターミネーターのスカイネット(人類に反旗を翻すAI)はまだ生まれていない。だが、この事件は、自律型AIに権限を渡し、弱い監視の上で、停止する仕組みが十分でないまま目標を与えると、複数のAIが予想外の経路で協調してサイバー被害を起こすことを実証した。
OpenAIはその後、ネットワーク分離の強化、インターネット接続の制限、思考過程の監視、危険行動の自動アラート、非認可のエージェントからの指示を信用しない訓練などを導入した。「解けない課題は無理に突破せず、確認して止まれ」と教え込む方針も含まれる。
ターミネーターの時代はまだ来ない。しかし、その舞台装置は少しずつ整いつつある。
山田敏弘
ジャーナリスト、研究者。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフェローを経てフリーに。
国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)、『死体格差 異状死17万人の衝撃』(新潮社)、『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)がある。
Twitter: @yamadajour、公式YouTube「SPYチャンネル」
世界では大人気なのに……日本のバイク市場はなぜ過去最低なのか
家電売り場はなぜ“中国化”したのか 静かに進んだ日本メーカーの撤退劇
米Anthropicが封印した「ミトス」の衝撃 なぜ、AI対AIの時代が来るのか
「AI社員」がビジネスを変える? 便利さの裏にある“新たな脅威”
「顔認証」はどこまで進むのか 700億枚データと日本の現在地Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング