デジタル技術を用いて業務改善を目指すDXの必要性が叫ばれて久しい。しかし、ちまたには、形ばかりの残念なDX「がっかりDX」であふれている。とりわけ、人手不足が深刻な小売業でDXを成功させるには、どうすればいいのか。長年、小売業のDX支援を手掛けてきた郡司昇氏が解説する。
AIのPoC(概念実証)を実施した。プレスリリースを出し、複数のメディアにも掲載され、社内では「AI活用事例が3件できた」と報告された──。
こう聞くと、一見成果が上がっているように見えます。しかし、商品の返品率は何ポイント下がったのでしょうか? 作業時間は何時間減り、利益はいくら増えたのでしょうか?
この問いに答えられないなら、AI導入はまだ経営成果につながっているとは言えません。PoCが失敗したとは限りませんが、本番運用と利益への接続はこれからです。
AIモデルの性能は急速に高まり、どの企業も最先端のモデルを利用できます。それでも成果に差がつくのは、AIに渡すデータと、AIを組み込む業務の設計が異なるからです。
家具・ホーム用品を扱う米EC大手Wayfair(ウェイフェア)は、商品登録や顧客対応の業務そのものから同社固有の「独自データ」を蓄積し、AI活用を経営成果につなげています。
Wayfairの事例から、日本の小売業が学べるAI導入のための点検手順を紹介します。
今回の記事は、10月20日開催の「リテールDXサミット2026秋」の基調講演「AI導入だけでは利益が増えない『がっかりDX』に…データとAIで高収益を得る変革とは」の内容を一部抜粋し、コラムにしています。
連載「がっかりしないDX 小売業の新時代」の著者である郡司昇氏が、基調講演「AI導入だけでは利益が増えない『がっかりDX』に…データとAIで高収益を得る変革とは」に登壇します。
20代で株式会社を作りドラッグストア経営。大手ココカラファインでドラッグストア・保険調剤薬局の販社統合プロジェクト後、EC事業会社社長として事業の黒字化を達成。同時に、全社顧客戦略であるマーケティング戦略を策定・実行。
現職は小売業・IT企業双方のアドバイザーとして、顧客体験向上による収益向上を支援。「日本オムニチャネル協会」シニアフェロー Nextリテール分科会リーダーなどを兼務する。
公式Webサイト:小売業へのIT活用アドバイザー 店舗のICT活用研究所 郡司昇
公式X:@otc_tyouzai、著書:『小売業の本質2025DX』
「当社にはPOSも会員データもある。月間◯千万人のビッグデータだ」。そう考える小売企業は多いでしょう。
しかし、ID-POS(顧客情報が紐づいた購買データ)が示すのは「何が、いつ、何店で、いくらで、誰に売れたか」です。なぜその商品を選んだのか、ほかに何と迷ったのか、どのような制約があったのかまでは分かりません。
商品マスターには寸法、素材、成分などが載っています。ところが「狭い玄関を通せるか」「子どもがいる家庭に向くか」「既存の商品と併用できるか」といった用途までは、十分に構造化されていません。
業務マニュアルにも同じ問題があります。標準手順は記載されていても、例外が起きた際に熟練者が何を見て、なぜその対応を選んだのかは残りにくいからです。
筆者は、小売業にとっての「独自データ」を次のように捉えています。
「自社の顧客接点と業務を通じて継続的に蓄積され、用途、条件、判断理由、結果まで結び付いた、競合が同じ時間とコストでは再現しにくいデータ」
独自データの主な要素は4つです。
事実:何が起きたか。閲覧、購入、返品、問い合わせなど
文脈:何のためか。用途、予算、困り事、利用条件など
判断:なぜその提案や対応を選んだか。代替提案、例外対応など
結果:その後どうなったか。購入、未購入、返品、再購入など
データ量が多いだけでは、独自データになりません。この4つが、顧客体験や業務の流れとしてつながっていることが重要です。
例えば、商品名、価格、説明文だけをAIに渡しても、出てくるのは一般的な商品案内です。そこに用途、比較軸、店舗在庫、過去の接客判断、購入後の結果まで加われば、顧客の条件に沿った提案に近付きます。
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