Dセグメント興亡史:池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/4 ページ)
Dセグメントはかつて日本の社会制度の恩恵を受けて成長し、制度改革によって衰亡していった。その歴史を振り返る。
商品性の拠り所を失ったDセグメント
さて、話を本筋に戻そう。戦前、あるいは戦中に生まれた“モーレツサラリーマン”にとって、一戸建てとクルマは成功の証だった。昭和の時代、買い替えのたびに大きなクルマに買い替えて、徐々にDセグメントへとステップアップしていった。庶民にとって、実質的にすごろくの上がりがコロナやブルーバードだったのだ。
ところが、1980年代に入るとこの文法が変わり始める。その嚆矢となったのはハイソカーブームだろう。サイズ的に5ナンバー枠ギリギリのマークII、チェイサー、クレスタが爆発的にヒットする。これらのモデルには排気量2000ccの5ナンバーモデルと、2800ccの3ナンバーモデルがあり、それまで明瞭だった境界線を曖昧にしていった。クラウン、ソアラなどを交えたこのクラスは日本ドメスティックな事情で発生したクラスで、グローバルなセグメントに合致したモデルではなかったが、強いて言うなら少々小さ目なEセグメントだった。
税制改正を背景に2.5〜3リッタークラスの排気量を持つクルマが次々とデビューし、5ナンバー枠を守り続けるDセグメントから顧客を吸い上げていく。次いでベンツのCクラス(前身の190Eを含む)やBMWの3シリーズのような輸入車のプレミアムDセグメントが選択肢に入り始める。底が抜けるという言葉があるが、この場合天井が抜けてしまった。多くの人が共有できるゴールがあればステップアップの意味があったが、そのゴールが自由になり過ぎたことで、手が届くゴールであったDセグメントは意味を喪失したのだ。
その結果、国産Dセグメントからどんどんプレミアム感が失われていき、むしろ特徴のない並のクルマという印象に変わっていったのである。それでもプレミアムを求めるならより大きいクルマか輸入車に移行するしかない。
一方で、それまで商用車ベースで、宿命的に乗り心地が悪く、商品性が低かったミニバンが商品改良によって注目され、猛威を振るい始めた。家族で使うならエアボリュームはより大きい方が良いに決まっている。プレミアム性より実質的なスペースに重きを置く多くのユーザーはDセグメントからミニバンに移行した。Dセグの失速において最も影響が大きかったのはこのミニバンの隆盛だろう。
プレミアム性もエアボリュームも必要がない人は、より経済合理性の高いBセグメントや軽自動車にダウンサイズする。こうしてDセグメントが持っていた市場は、ミニバン、3ナンバーや輸入車、Bセグ、軽に分かれ散っていった。コロナとブルーバードが姿を消したのが2002年だから、税制改正からほぼ10年で市場が消えてなくなったことになる。
鉄道に例えてみれば、今まで終点だった駅が相互乗り入れによってただの通過駅になったようなものだ。そしてそこには「それでもDセグメント」と拘るような商品性が存在しなかったということになる。
前述のようにDセグメントが売れるのは今や北米マーケットだ。北米では都市間移動が可能な最も小さいクラスとしてDセグメントは大きな存在価値がある。日本でもそうしたDセグメントならではの価値が出てこない限り、Dセグメントの復興は難しい。
チャンスがあるとすれば、Dセグメントの顧客を最も多く吸収した5ナンバーミニバンが、走る機械として完璧には程遠いことだ。まっすぐ走らない、乗り心地にも言い訳が必要、燃費も悪い、運動性だって素養的にも高いはずがない。そこにつけ込んでスペース効率と走行性能を、高次元にバランスさせたモデルが出てくれば、もう一度Dセグメントが評価される時代が来るかもしれない。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。
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