全国に大量発生の観光列車、ほとんどが「一代限り」か:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(3/4 ページ)
鉄道は巨大な装置産業だ。線路にも駅にも車両にもお金がかかる。だから設備投資は計画的に、慎重に取り組まなくてはいけない。それでもやむを得ず設備が余る。実は、各地で誕生する観光列車は、余剰設備を活用するアイデアだ。それだけに寿命は短いかもしれない。
高付加価値を与えた「或る列車」
既存の車両を使い続けたい。しかし普通列車としては使いにくい。ならば観光列車に改造しよう。付加価値を高めれば、普通列車として運行するよりも収入を上げられる。この手法で最も大胆な例が、2015年の夏からJR九州が運行を開始した或る列車だ。
或る列車は、もともと明治時代に九州鉄道が米国企業に発注した豪華客車の通称だった。しかし九州鉄道は国有化されたため活躍の機会がなかった。幻の列車という意味合いも含めて或る列車と呼ばれたという。
2014年にその豪華列車をJR九州が再現すると報じられたから、私は興奮した。なにしろあの豪華寝台列車「ななつ星in九州」をやってのけた会社である。由緒正しき明治時代の末期、殖産興業、文明開化の集大成ともいえる列車を再現してくれると思った。ところが正式発表のプレスリリースを見て拍子抜け。水戸岡鋭治先生のイラストはステキだけど、そこにある車両はどう見てもキハ47の厚化粧。全国で各駅停車として走っているディーゼルカーを改造した姿だった。
しかし、仕上がった列車はまさに豪華絢爛。水戸岡マジックともいえる中古車再生手法で、美しく、豪華に、優雅な車両となって落成した。金色づくしで飾りの多い外観を「仏壇」と揶揄する向きもあるけれど、あの輝きを維持する手間はたいへんだ。JR九州の意気込みを感じる芸術品ともいえる。
或る列車のツアーは大分と日田を結ぶルートと、長崎と佐世保を結ぶルートがあり、片道2時間ちょっとのスイーツコース。基本プランは1人あたり2万円だ。定員は38人なので、ツアー1回の売り上げは76万円になる。キハ47を普通列車のまま運行して、或る列車と同じ大分〜日田を走らせても、同じ人数なら合計8万940円の売り上げにしかならない。そもそも普通列車で「38人も全区間乗ってくれるか」という路線である。
或る列車の2万円ツアーは連日満席となっており、好評のようだ。価格にはびっくりだけど、その価値に見合った空間と食事だろう。JR九州の商才は素晴らしい。或る列車の歴史的な背景と中古気動車の件は忘れて楽しみたい。トップスターの過去を暴くような野暮はいけない。書いちゃったけど。
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