スズキに見る、自動車メーカーの「成長エンジン」:池田直渡「週刊モータージャーナル」(6/6 ページ)
これからの世界の自動車市場の方向性を考えたとき、どんな武器を持ったメーカーが有利なのかがいよいよはっきりしてきた。
優先順位で言えば、大原則としてエンジンの熱効率の向上が求められる。そこを受け持つのが直噴だ。だが、現在ベンチマークを叩き出しているエンジンでもエネルギーの40%を力に変換するのが精一杯だ。この領域になると熱をいかに外に逃がさないかが重要なキーになってくる。そのときに留意しなくてはならないのが、1気筒あたりの排気量だ。気筒あたり排気量が小さくなると体積に対する表面積が増えて効率が落ち、気筒あたり排気量が大きくなると、燃焼の際の火炎伝番距離が増えてノッキングが起こりやすくなる。これは既に理論的適正値がほぼはっきりしており、その値は450ccだと言われている。
気筒排気量が450ccということは、ボアとストロークがイコールのスクエアエンジンだと仮定し、ボアの半径をRとすれば「2πR^3=450」という式が成立する。ボア径83mm、ストローク83mmになる。
気筒あたり排気量が450ccなら、2気筒で900cc、3気筒で1350ccになり、Bセグメントにちょうど良い1200cc近辺に合わせるのが難しい。さらに言えば、2気筒では振動がひどいことになるので、バランサーなどの振動対策をより入念に施さねばならず、コストと重量が思ったほど減らない。
だから気筒あたり排気量で妥協するか、排気量を大きくしてでも気筒あたり排気量を重視するかが大きな分かれ道になってくる。
スズキの場合、気筒あたり排気量を妥協する道を選んだのだが、3つのエンジンのどれも少しずつ順列組み合わせがおかしいように思う。一番排気量の大きい1373ccを3気筒にしてマイルドハイブリッド化するのがベストに思える。あるいは、996cc3気筒エンジンの足りない部分をターボではなくマイルドハイブリッドで補うという選択肢もあるだろう。
発進加速など、エンジン回転数が大きく変動するシチュエーションでは、ターボは原理的にタイムラグが大きくなり、ドライバビリティが落ちる。トラックが積荷を満載して高速道路を巡行するような、回転数変化を伴わずに低回転で高効率な状態をキープしてトルクを必要とする場面ではターボが有利だが、今回のテーマとなっているエンジンは経済発展途上の国で、交通インフラが不足した状態、つまり渋滞から先を争って加速するような環境での効率が求められる。やはりレスポンスに優れるマイルドハイブリッドこそが相応しいように感じる。
スズキの場合、もう必要なすべての技術がそこにある。後は順列組み合わせの問題だけだ。こういう話をすると「新興国向けの安グルマの話かよ」と言う人がいるのだが、エンジニアリングで地球を救う、あるいは持続発展可能な社会を作るためのエンジニアリングだと考えると、世界にもたらす幸福の大きさは、燃料電池や電気自動車の比ではない。未来の希望に満ちた技術。Bセグメントカーの開発はそういうものなのではないか?
そして、人類にサステイナブルな発展をもたらすエンジンを提供できる企業こそが、次世代に躍進を遂げるのである。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。
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