2016年の小売業界はどう動くべきか?(3/3 ページ)
店舗閉鎖、コンビニとの経営統合……。長らく業績が振るわない総合スーパーにとって昨年は大きな転換期だった。そして今後、小売業界全体はどのように進んでいくのだろうか。専門家が解説する。
「モノ」から「ヒト」への変化が生み出すもの
One to One マーケティングのインフラを、ローコストで実現できた小売企業のマーケティングの精度は、データの蓄積とともに飛躍的に上がっていき、マーケティング仮説が瞬時に検証可能となる。こうした企業は、川上からの新商品の優先的な提供がなされたり、商品開発のパートナーと目されたりすることで、バリューチェーンにおいて不可欠な存在となる。こうした消費者行動分析の仕組みを持つことにより、「闇夜に鉄砲を撃っている」従来型企業との明確な差別化ができるだろう。
さらに言えば、ヒト中心のマーケティングの時代には、個人の生活における接点をいかに増やしていけるかが優劣を決める要素となっていくため、モノやサービスの種類によって分かれていた業種を超えて、データを共有することが有効となるだろう。こうしたデータを保有する企業が、IDを業態の垣根を超えて統合すれば、「個人」を単位とした情報の集約が可能となり、消費生活の大半を把握できるようになる。ビッグデータを蓄積し精緻な分析が可能となれば、個人単位での最適な消費生活の提案が可能となる。
ヒト中心のマーケティングの時代には、多くの顧客接点を構築した企業、もしくは特定のジャンル(商品、サービス、エリアなど)における顧客接点を確保した企業が、業種を超えてさまざまなアライアンスを構築し、競い合っていくことになるだろう。現在進行しつつある、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)、楽天、リクルート、携帯キャリア、商社などが推進するポイント経済圏は、こうした統合ID時代を見据えたアライアンスのプロトタイプなのである。
このヒト中心のマーケティングが成立した時点で、モノ中心のマーケティグはほぼ無力化されてしまうだろう。例えるならば、ヒト中心のマーケティングとは、消費者行動を把握するためのレーダーのようなものだ。第二次大戦期、初期のレーダーしか持ち合わせず、有視界戦をベースとした日本軍が、レーダーを完備した米軍の前に完敗を喫したように、新たなマーケティングに対応できない企業は退場を余儀なくされるであろう。
最後にレーダーに関するサイドストーリーを紹介しておきたい。レーダーの基礎技術は1920年代の日本で開発されていたが、その技術を軍として採用、実用化したのは英米だった。日本軍がそのことを知ったのは開戦後であったらしい。当時の工業力、技術力の差であったといえばそれまでなのだが、軍の将来投資に対する思想の違いが明暗を分けたとも言われているようだ。
小売業界においても、消費行動把握のためのレーダーが、通常配備される時代が迫りつつある。2016年を「レーダー開発元年」とするか、否かの判断が、小売企業の今後の明暗を分けることになるだろう。
著者プロフィール
中井彰人(なかい あきひと)
みずほ銀行 産業調査部 流通・食品チーム 調査役
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