「お客様第一」がスローガンの会社は、なぜ「お客様第一」でないのか:こだわりバカ(5/5 ページ)
企業の経営理念やスローガンを調べてみると、「お客様第一」をよく目にする。しかし、そうした企業は本当に「お客様第一」を実践しているのだろうか。「実践できていない」理由について、筆者の川上徹也氏は……。
経営理念から企業スローガンに
ここまで、経営理念と企業スローガンをあまり区別せずに「川上コピー」としてひとまとめにして論じてきた。会社によっては「社是」「ミッション」「ビジョン」「コーポレートメッセージ」などいろいろな言葉で書き分けたりしている。だだ、あまりそこにこだわっても意味がないと考える。ややこしくなってしまうだけだ。外部に向けては「経営理念」と「企業スローガン」の2つを掲げれば十分だ(ひとつにまとめられるのならばそれでもいい)。企業活動の考え方の根幹部分を「経営理念」にし、それをより伝わりやすくキャッチコピー化したものを「企業スローガン」として掲げるのが一般的だ。
経営理念と企業スローガンをうまく連動させているのがテレビCMでもよく見る小林製薬だ。ベタすぎる商品名や直接的なトーンのCMが嫌いという人も多いかもしれないが、非常に参考になる例である。
まず小林製薬が掲げる経営理念は以下の通り。
我々は、絶えざる創造と革新によって
新しいものを求め続け、
人と社会に素晴らしい「快」を提供する。
最初の2行はやや空気コピーではあるが、最後の1行の「快を提供する」は非常に分かりやすい理念になっている。
それをキャチコピーした企業スローガン(小林製薬のサイトでは「ブランドスローガン」と表記)が、以下の通りだ。
「あったらいいな。」をカタチにする。
こちらも非常に分かりやすいスローガンだ。(1)短く、やさしく、覚えやすい言葉で(2)その会社ならでは哲学を感じる(3)羅針盤になる1行にする――つまり、3条件をすべて満たしているのだ。社内には目指すべき方向を示し、社外には共感を呼ぶ非常に分かりやすい「川上コピー」になっているのが分かるだろう。
実際の小林製薬のCMでは、冒頭の画面にこのスローガンが出る。それ自体は、読めないくらいの短い秒数だが、「あっ、小林製薬」という音声も同時に流れる。これは「あったらいいな」の「あっ」の部分を取ったものだ(もちろんCMに注目を集めるアテンションの役割も果たしている)。上流のスローガンがちゃんと川下のCMにつながっている。
さらに小林製薬の商品の多くは、経営理念や企業スローガンを体現したものであることも特徴だ。「熱さまシート」「ポット洗浄中」「ブルーレットおくだけ」「トイレその後に」「サカムケア」など、いずれもニッチではあるけれど「あったらいいなをカタチにした商品」になっている。またベタではあるが、商品名がそのままキャッチコピーになっているという点でもよくできている。
川上から川下までが、言葉がこれほどスムーズに流れていると、(自分の仕事ではないが)とても気持ちいい。
プロフィール:川上徹也(コピーライター/湘南ストーリーブランディング研究所代表):
大阪大学卒業後、大手広告代理店に入社。営業局、クリエイティブ局を経て独立。コピーライター&CMプランナーとして50社近くの企業の広告制作に携わる。東京コピーライターズクラブ(TCC)新人賞、フジサンケイグループ広告大賞制作者賞、広告電通賞、ACC賞など受賞歴は15回以上。
「物語」の持つ力をマーケティングに取り入れた「ストーリー・ブランディング」という言葉を産み出した第一人者としても知られている。現在は広告にとどまらず、「言葉」を変えることで、企業団体・社会・制度などを輝かせる仕事に取り組んでいる。
著書は、シリーズ累計11万部突破の『物を売るバカ』『1行バカ売れ』(角川新書)など多数。 最新刊『あなたの弱みを売りなさい』(ディスカヴァー21)好評発売中。
関連記事
- なぜ大学のポスターは「世界にはばたき」「未来を拓く」ばかりなのか
「ここに集い、世界に旅立つ」「ともに学び、探求し、共に世界を切り拓く大学」――。大学のスローガンは、なぜ手垢がついた表現ばかりなのか。自称「大学コピーコレクター」の川上徹也氏が分析したところ……。 - 「こだわりの○○」という言葉を使う店は、何もこだわっていない(絶対に)
街中に「こだわり」という言葉があふれている。「こだわりラーメン」「こだわり旅行」「こだわり葬儀」など。このようなこだわりのない使われ方に、コピーライターの川上徹也氏が燃えている。こだわりの原稿を読んでみたところ……。 - 自治体のキャッチコピーは、なぜ“メルヘン化”してしまうのか
自治体のキャッチコピーといえば、あってもなくても同じ空気のような存在の言葉ばかり。筆者の川上氏は、自治体のコピーは空気化し、メルヘン化するケースがあるという。その理由は……。 - “納豆不毛地帯”の大阪で、なぜ小さな店の納豆がヒットしたのか
「関西人は納豆が嫌い」と言われている中で、大阪の東部にある大東市で注目されている納豆メーカーがある。その名は「小金屋食品」。従業員数が10人も満たない小さな会社が、なぜウケているのだろうか。 - 最初は売れなかった? これまで語られなかった「じゃがりこ」の裏話
「じゃがりこ」といえば、カリカリ・サクサクした独特の食感が特徴だ。カルビーが1995年に発売して以来、ロングセラー商品となっているが、開発秘話はあまり知られていない。開発に携わった担当者が多くを語らなかったからだが、18年経った今、当時の裏話を打ち明けてくれた。 - ジャポニカ学習帳の表紙から「昆虫」が消えた、本当の理由
ジャポニカ学習帳の表紙といえば、「昆虫」の写真を思い浮かべる人も多いだろうが、数年前に昆虫が消えた。教師や保護者から「昆虫が気持ち悪いから変えてほしい」といった要望があって、発売元のショウワノートが削除したというが、本当にそうなのか?
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.