「脱・大きくて重い」 新ステージに入ったクルマの安全技術:池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/4 ページ)
自動車の誕生以来、その安全技術は飛躍的に進歩してきたが、多くの場合、それと引き換えに車両重量がどんどん増えていった。安全性と軽量化の両立は果たして可能なのだろうか。
ここにトヨタが持ち込んだ新技術が、鋼材に電流を流して加熱する方法だ(関連リンク)。この方法だと鋼材の形状への依存性が低く、混流生産への対応力が高まる。こうした工夫によってより硬度の高い素材をローコストで投入できる見通しが立った。安全性へのアプローチとして大きな進化である。
もう1つ、シャシーの梁の使い方が変わってきた。スズキがアルトで採用したのは、サスペンションの組み立て効率を上げ、振動を遮断するために用いられるサブフレームを、そのまま梁としてシャシーの強化にも利用するという方法だ。これは同時にサブフレームの薄型化にもつながり、メカニズムのスペースを従来よりセーブすることにもつながっている。
アルトの場合、先代モデルと比べて60キロもの軽量化を果たし、最軽量モデルでは610キロという驚くべき車両重量を達成した。現在の軽自動車が800キロから、下手をすると1トンに達するモデルがあることを考えると驚異的な数字だ。
この軽量化について、スズキは梁材の形状を理由の1つに挙げている。衝突対策のメンバー(梁材)はかつてのラダーフレームのように2本が対になった形で、バンパー下からエンジン両サイドを抜け、シャシーのキモであるエンジンバルクヘッドへと結合され、キャビンの下を通って車両後部までつながっていく。スズキは新型アルトで、このメンバーをできるだけスムーズな形状にした。どこかで急角度に折れ曲がる形状になっていれば、衝突時にそこに力が集中して変形し易くなる。だからなだらかな曲線を描いて後ろまでスムーズにデザインしたのだ。力の集中に耐えるためには、そこに余分な補強を入れなければならず、必然的に重量が重くなる。なだらかな形状にすることによって力の集中点を作らないようにデザインした結果、余分な補強を省くことができ、軽量なシャシーが実現したのである。
スバルが発表した新型シャシーも同じコンセプトだ。シャシー裏面から見た梁材の使い方は見事に流線型で、所によっては環状構造を採っている。このシャシーを使ったニューモデルがどの程度の軽量化を果たしてくるのかは楽しみだ。
高張力鋼板のホットスタンプと、シャシー形状のスムーズ化によって、クルマの安全対策が大きなステップで前進したことを強く感じる。モデルチェンジのたびに大きく重く、が当たり前だった時期を経て、今、安全性を高めながら軽量なクルマの時代の幕開けが訪れている。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。
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