列車の車内販売を終わらせてはいけない理由:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(2/6 ページ)
鳥取県の若桜鉄道で2016年5月から車内販売が始まった。山陰地方で唯一の車内販売だという。全国的に車内販売は縮小傾向にある中で、地方のローカル線やJR東日本の首都圏のグリーン車で車内販売を実施している。車内販売の廃止と開始、その違いは付帯サービスか付加価値か、という考え方の違いでもある。
316人の財布が眠ったまま
ところで、サンライズ出雲、サンライズ瀬戸は、しばしば「女性に人気」と紹介されている。木のぬくもりをイメージした落ち着きのある空間、個室中心の寝台。2人用個室もあり女子旅にオススメ、という。私が何度か利用したときも、確かに女性の2人連れをよく見掛けた。出雲大社は縁結びの神様だし、山陰地方自体が女性に人気の観光地でもある。
しかし、ここで重要なことは性別ではない。男性も含めて「観光客」が多いということが重要だ。野暮なことを言うけれど、観光客は「おカネを使いに行く人」である。財布の中には普段より現金がたくさん。おカネはなくてもクレジットカードが入っている。「スリや置き引きに注意」と車内放送されるくらいだ。
サンライズ出雲の定員は158人。同じ編成を使うサンライズ瀬戸も158人。大人ばかりで満席なら、316個のお財布がある。9時間半から13時間もお客さまを閉じ込めておきながら、その財布を開かせる手段を両列車とも持っていない。これは機会損失の最たる事例だ。レジャー産業から見ると実にもったいない。航空便ですら、1時間を超える程度の国内線でアテンダントが機内販売にいそしむというのに。
遊園地もショッピングモールも、お客さまを長時間滞在させる工夫をする。なぜか。利益率の高い飲食物の売り上げにつながるからだ。遊園地で無料のショータイムを実施したり、ショッピングモールで展示会などの催し物を開催する。お昼ご飯のついでに来たお客さんは「お茶でも飲もうか」となり、さらに時間がかかれば「夕食も済ませて帰ろう」となる。食事をするつもりがなくても、滞在時間が長ければのどが渇くし小腹も減る。目に付いたグッズを衝動買いする機会も増える。その需要を受け止める店舗はちゃんと用意されている。
滞在時間が長いほど売り上げは伸びる。これは商売では当たり前のことだ。これにならって、ネットのショッピングサイトも滞在時間を気にするほどである。だから滞在時間を延ばすために知恵を使う。それなのに、サンライズ出雲、サンライズ瀬戸はどうだ。何もせずに、お客さまを9時間半以上も滞在させている。それでいて何もしない。商売人なら誰もが「ああ、うらやましい」と思うはずだ。JRグループはそこが分かっていない。始発から終着まで眠っていると思っているのだろうか。
その結果、どうなっているか。サンライズ出雲、サンライズ瀬戸ではシャワールームの利用券を売っている。A寝台個室「シングルデラックス」には無料でシャワーカードとタオルセットも付く。これが実質的な「乗車記念品」だ。シャワールームは就寝前起床後は混んでいて、常に行列だ。並びたくないなら真夜中、睡眠を我慢するしかない。並んでいるお客さまも時間を持て余す。待合用の椅子があるけれど、ここにお菓子、歯ブラシセットの自販機でも置けば売れそうな気がする。もったいない。
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