「世界最長鉄道トンネル」も開通 憲法でトラック制限するスイスに学ぶ:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(6/7 ページ)
私は時々「我が国は物流に関して信念を持ち、思い切った施策を実施すべきだ」と主張している。今回は、国土環境を守るという信念の下で、憲法でトラック輸送増加を禁じたスイスを参考に「信念」や「思い切った施策」について考える。
観光立国と国民の健康維持がスイスの信念
スイスがなぜここまでトラックを規制し、環境保全にこだわっているか。私たちは「スイスは観光立国だから」と考える。スイスは観光立国として、自然破壊を防ぎたいのだ。アルプス周辺にしても、都市にしても、湖畔や森林に至るまで、スイスは美しい。トラックの排ガスで汚されたくはない。環境破壊は観光客の減少につながり、観光産業を衰退させてしまうという危惧(きぐ)があるだろう。
しかし、スイスにとっての環境破壊は、観光産業に与える影響以上にもっと深刻なものだった。アルプス越えルート沿いの町や村で、排気ガスが原因と見られる呼吸器系疾患が増えた。トラック通過反対運動が起こり、人間の鎖による道路封鎖騒動も起きたという。(関連リンク)。これが1992年の大型トラック規制のきっかけとなった。
自国内のガソリン車やディーゼル車であれば、交通や物流を電気自動車や鉄道に移転して環境保持をコントロールできる。また、自国内を発着するトラックであれば、輸送にメリットもあり排気ガスは許容できよう。しかし、イタリアからドイツへ農産物が輸送され、ドイツから工業製品がイタリアに向かう。このような通過物流は、スイスに排気ガスしか与えない。
かつてアルプス越えは難所であり、通過する人や荷物もアルプス前後の宿場町を利用してくれた。他国間の通過交通も、スイス国内にカネを落としてくれた。しかし、輸送手段のスピードアップによって、ほとんどのトラックは素通りしてしまう。スイスに利益を与えないトラックは、できることなら迂回してもらいたい。もし通過するだけなら、すべての道路で通行料金をいただく。タダで道路を使わせない。その上で、さらに大型トラック通過を規制するというなら、代替交通を用意しなくてはいけない。そこで鉄道貨物の活用がある。
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