南三陸町で躍動する小さな会社の大きな挑戦:逆境を乗り越えて(5/5 ページ)
宮城県南三陸町で65年以上も前から鮮魚店を運営するヤマウチ。現在はECなど事業の幅を広げている同社だが、東日本大震災で店や事務所、工場はすべて壊され、ゼロからのスタートを余儀なくされた。しかしその経験で社員の仕事に対する価値観は大きく変わった。
顧客の声を聞き、すぐに要望を形に
社員に責任感を持たせるとともに、ECサイトで売り上げを伸ばすための労力も惜しまない。その1つが「顧客の声」の収集、活用である。
同社では顧客とのあらゆる接点を専用のデータベースに入力、蓄積している。以前は紙やエクセルシートで管理していたが、震災によって約11万件の顧客リストが消失したことで、現在はサイボウズが提供するクラウド型データベースアプリ「kintone」を活用している。
同社がユニークなのは、とにかく電話で顧客と会話することを重視している点だ。一般的なECサイトだとメールのみのやり取りで終わるが、可能な限り直接的な対話が望ましいと考える。「例えば、問い合わせなどの電話がかかってきたら、すぐに切らずにできるだけ長電話しろと社員に言っています」と山内氏は笑う。
このスタンスはいかなるときも変えない。例えば、海が大しけで予定よりも海産物が入ってこない日には、注文をくれた顧客すべてに電話して「今日は天候が悪くて水揚げできません」などと状況を伝える。それが100人でも200人であってもだ。
「インターネットのサービスだけども、結局は人と人とのつながりなので、そこを一番大切にしています」
顧客と直接対話することでより真摯(しんし)かつスピーディー対応ができるようになるし、要望や疑問などをいろいろと話してくれるようになる。そして同社が優れているのは、顧客の要望を聞いて終わりではなく、すぐに形にすることだ。
例えば、商品の量が多いと言われれば、即座に少量タイプの商品を販売する。生サンマの保存方法が知りたいと聞かれれば、それをECサイト内のFAQコーナーに写真付きで掲載する。さらにはサンマを使ったレシピもコンテンツにして紹介する。このように顧客の要望や期待に応える姿勢を徹底的に貫いているのだ。こうした取り組みによって、現在の平均リピーター率は6割に上るという。
昨年からは常連客の手厚いフォローアップも始めた。年間購入金額が最も大きいトップ10組(夫婦など)を東京の日本料理屋に招待し、ヤマウチの社長をはじめ、注文担当の社員や工場で働く社員なども交えて会食する。そこで顧客と社員が顔を合わせ、直につながることでより信頼関係を強めることができると考える。そしてまた、この場も顧客の声に耳を傾ける絶好の機会だととらえている。
「まだ完全には南三陸町の海の幸は復活していない」と山内氏。震災が起きる前、原料は潤沢で、どんなに注文が来ても顧客に出せる状態だった。しかし今は受注量を調整しなくてはならなくなった。そうした逆境の中で業績を伸ばしていくには、やはり社員個々人のパフォーマンスが重要になってくる。
「会社は人で成り立っています。僕1人で考えたアイデアよりも、50人で考えたアイデアの方が良いに決まっている。働き方を変えて、どんどんアイデアが出る環境を作れば、業績も上がると信じています。だけど僕らは何も100億円企業を目指すのではありません。それよりも社員が幸せになる会社を目指すのです」
そう言い切った山内氏の目は明るい未来を力強く見据えていた。ヤマウチの挑戦はここからが本番だ。
(取材協力:サイボウズ)
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