古くて新しい、JR東日本の「新型電気式気動車」:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(2/4 ページ)
JR東日本は世界で初めて鉄道車両に営業用ハイブリッド方式を採用した。しかし、2018年から非電化ローカル線に導入する車両は「電気式気動車」だ。この方式は戦前からある。なぜハイブリッド方式ではなく電気式気動車を選んだか。そこにエネルギー技術の理想と現実が見える。
古くて新しい「電気式気動車」
非電化区間の列車の動力は、人力、馬力、蒸気機関、内燃機関と変化してきた。そこに新たにハイブリッド方式が加わり、電気式気動車が登場した。この順序を考えると、最進化形が電気式気動車に見える。JR東日本の報道資料にも「当社としては初の電気式気動車」とある。しかし、電気式気動車のアイデアは古く、こなれた技術だ。「当社としては初の」という言葉遣いは、他社で先例があるからだ。
“他社”には、ドイツ鉄道の非電化区間向け「ICE TD」など海外の事例が多い。そして、実は戦前の官営鉄道やJR化以前の日本国有鉄道にもあった。また、機関車にも電気式ディーゼル機関車があって、JR貨物でも採用されているし、JR九州のクルーズトレイン「ななつ星in九州」の機関車もJR貨物の同型車だ。
ドライバーに限定されそうだけど、気動車の話はクルマに例えると分かりやすい。エンジンを搭載した客車、つまり初期の気動車は機械式といって、運転士が最適なギアを手動で選択する。クルマに例えればマニュアル車だ。気動車1両で走る分には問題ないけれど、乗客数が増えて2両以上になると面倒なことになる。1両を追加するだけなら動力のない客車を連結して引っ張ればいい。しかし、勾配の多い区間を走らせるとなると、動力車を2台つなぎたい。この場合は蒸気機関車の重連と同じで、1両につき1人の運転士が乗り、合図をしながら走らせることになる。3両なら3人、4両なら4人だ。蒸気機関車より人手が必要になる。
そこで、米国で考案された「ガソリンエンジンを発電機として使い、発電された電力でモーターを回す」という方式を取り入れた。エンジンではなく電圧でモーターを制御するため、マニュアルミッションは不要。複数の車両の配線をつないで、1つの運転台で一括してコントロールできる。これを総括制御という。
しかし、1台の気動車にエンジンとモーターという重い部品を載せるため非効率で、製造コストもかさむ。機関車ならともかく、気動車は機械の設置スペースに限界がある。当時の効率の悪いエンジンと直流モーターの組み合わせでは走行性能が低かった。直流モーターを高回転させるために必要な電力をまかなうためには、大きな発電用エンジンが必要だが、それを設置する場所がない。
やがて、トルクコンバーターによる変速機が開発された。クルマでいうところのオートマチック変速機構だ。鉄道車両では液体式変速機という。これ以降、気動車に関しては液体式変速機が主流となり、電気式気動車は普及しなかった。
ただし、機械設置スペースが大きい機関車については電気式の採用実績がある。しかし電気式気動車と同じく、当時のエンジンと直流モーターは非力で高価なため、液体式変速機を使ったディーゼル機関車が主流となった。この弱点を解決して、1992年にJR貨物が電気式ディーゼル機関車を採用する。ハイパワーの直噴エンジンと交流発電機、インバータ制御、三相交流モーターのおかげだ。
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